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「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください  作者: 平田加津実
第1章 ラヴェラルタ家の令嬢は病弱である
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(6)

『ラヴェラルタ家の令嬢は病弱である』


 そんな嘘はとっくに見破っているはずなのに、マルティーヌの正面の席でナイフとフォークを上品に扱う男は、その件について一切触れてこない。

 その気になれば、第四王子を謀った罪に問うこともできるはずだが、「お茶会のときに話し足りなかったから」と、にこやかにザウレン皇国について語るだけなのが、不気味だった。


 彼に嘘がばれていることは、家族の共通認識だ。

 けれど、相手が何も言ってこないのであれば、この茶番を続けるしかない。


 マルティーヌは常時うつむきがちで言葉少なく、食事も毎回半分ほど残すなど、病弱令嬢のふりを続けた。

 家族たちも、王子の興味を逸らすための話題を選びながら、薄氷の上の思いで、テーブルを囲んでいた。


 そんな気まずい夕食会を三回続けた翌朝、ようやく王家からの迎えが到着した。


 マルティーヌは「これで最後だから」と張り切った母親や侍女たちによって、丁寧に仕上げられた。


 シンプルなデザインながらも華やかな印象のコーラルピンクのドレス。

 髪はゆるくまとめられたかつらで、耳元には銀のイヤリングが揺れていた。


 門の前には正装したラヴェラルタ家の面々と、使用人、騎士団の代表らが、お見送りのためにずらりと並んだ。


 形式的な挨拶が一通り済んだ後、ヴィルジールはマルティーヌの手を取ってしらじらしく言う。


「あなたが病弱なことは、この滞在中に充分に思い知らされましたが、もし、その気があるのでしたら、社交界に出てきませんか。あなたのどんな宝石にも勝る至高の美しさに、きっと、王都中があなたに夢中になることでしょう」


 こういった糖分を含んだ社交辞令は、ここ数日さんざん浴びてきたから、さすがに耐性ができた。

 内心で『けっ!』と嘲りながらも、うつむいて弱々しく首を横に振る。


「せっかくのお誘いですが、王都までの道のりはわたくしの身体には酷ですから……」

「そうか、それは残念だ」


 ヴィルジールはそう笑ったかと思うと、マルティーヌの手をぐいと引いた。

 兄二人の殺気が上がるが、彼は全く意に介さない。

 反対の手をマルティーヌの腰に回すと、唇を耳元に寄せた。


「では、近いうちにまた」

「ひゃあっ!」


 至近距離から吹き込まれた不穏な言葉に、ぎょっとする。


 近いうちって何?

 また……って?


 マルティーヌが混乱していると、彼はふっと笑った。

 そして、くるりと背を向けるとさっさと馬車に乗り込んでいった。


 馬車が走り出すと、彼はロイヤルスマイルの見本のような微笑を窓からのぞかせ、見送りの者たちに優雅に手を振った。


 車輪の音が遠ざかり、三台連なる馬車の最後の車影が道の角に消えると同時に、マルティーヌはその場にへたり込んだ。


「くっそぉ、油断した。うわあぁぁぁぁーっ!」


 汚いものを振り払うように、耳元をかきむしる。

 二回目のお茶会以降、ヴィルジールは非常に紳士的な振る舞いをしていたから、すっかり油断していた。


 まさか最後の最後に、こんな不意打ちを食らわされるとは!


 普段であれば、人間に手を引かれたくらいでバランスを崩すようなヤワな体幹ではないのだが、細く尖ったヒールのせいで耐えられなかった。

 態勢が崩れたのを利用して、かかとの切っ先で思いっきり足を踏んでやればよかったのに、そんな機転もきかなかった。


 魔獣相手なら絶対こんなヘマはしないのに。

 絶対に、返り討ちにしていたのに。


「くやしいっっ!」


 うまく立ち回れなかったことと、彼が勝ち誇ったような顔をしていたことが腹立たしくてしかたがない。


 オリヴィエが怒りで顔を真っ赤にしながら、駆け寄ってきた。


「マティ、大丈夫か! あいつ、俺のマティになんてことしやがる」

「あの野郎! コロス!」


 セレスタンが過激な言葉を吐いて、馬車が消えた向こうに右の掌を向ける。


「うわぁぁっ! やめてください! 副団長っ!!」


 このまま、攻撃魔法を放ったらしゃれにならないから、騎士団員らがセレスタンに飛びかかって、必死に止めた。


 大騒ぎしている子ども達を横目に、父親は腕を組み、隣に立つ妻に話しかける。


「マティのことは目を瞑ってくださるってことで、いいのだろうか」

「嘘だってご存知のはずなのに、病弱なことを分かっているっておっしゃってましたわ」


 殿下の最初の甘い言葉だけを考えれば、騙されたふりを続けてくれそうだ。

 社交界に出て来なくても不問にするし、秘密を暴露する気もなさそうに思える。

 マルティーヌが王都行きを拒んでも、あっさりと引き下がってくれた。


「でも、近いうちにまたって言ってたのよ? どうしてっ!」


 だから、最後に囁かれた言葉は謎すぎるのだ。


「さっき、そんなことをおっしゃられたのか。しかしまあ、それこそ社交辞令だろう。殿下の方から、こんな辺境の地にわざわざ来られることもないだろうからな」


 父親が腕を組んで考え込む。


「巨躯魔狼を倒した娘の捜索も諦めたようだったし、もう会うこともないだろう」


 オリヴィエも同意する。


 王子はその娘の正体を突き止めることにこだわっていたが、マルティーヌが普段から町で素性を隠してきたことと、バスチアンの裏工作によって、謎は謎のままとなった。

 とはいえ、王子のお忍びの一行だけで巨躯魔狼を倒したとするのは流石に無理があったため、たまたま通りかかったラヴェラルタ騎士団との共闘で仕留めたと、国に報告することになった。

 これで王家と辺境伯家の双方の顔は立つ。


「そっか、そうよね! あぁ、ほっとした。じゃあ、もう……いいよね?」


 マルティーヌが何かを伺うように、家族の顔を次々と見た。

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