(5)
一方、薔薇のアーチを抜けた後の王子たち。
ヴィルジールはふと立ち止まると両手をじっと見つめた。
「どうされましたか、殿下」
見ていた両の掌を裏返して、人の肩を揉むような動作を二、三度繰り返す主に、ジョエルが怪訝そうな目を向ける。
「彼女は……マルティーヌ嬢は鍛えている」
「は?」
「さっき彼女の肩に両手を置いた時に気づいたんだが、硬い筋肉がしっかりついていた」
彼にとって、女性の体に触れることは日常茶飯事だ。
自分に群がる多くの貴族令嬢の肩を抱くだけでなく、訓練を積んだ女騎士の肩を激励を込めて叩いたり、農作業に従事する女性に慰労の意味で触れたこともある。
しかし、マルティーヌの肩は彼女たちの誰とも全く違っていた。
骨格そのものは、どちらかといえば華奢だ。
しかし、緊張で肩がこわばったときに手に感じたのは、小型の肉食獣を思わせる、必要最低限でありながらも、柔軟かつ強靭な筋肉。
病弱ではないことは昨日のうちに見破っていたが、まさか、あんな身体つきだとは。
「魔獣を倒せるほどでしょうか?」
「いや……。さすがにそこまでではなかったな」
「ラヴェラルタ家の令嬢ですから、健康のために、多少は鍛えていてもおかしくないかもしれませんが。そういえば、例の娘もお菓子好きでしたよね」
ジョエルがふと思い出したように言う。
彼らは昨日から、巨躯魔狼を倒した娘の行方を追っていた。
今朝は、ラヴェラルタ騎士団の同行を断り、辺境伯領の中央広場で聞き込みをしたのだが、ようやくその娘と思われる情報を得ることができた。
月に一度開かれる市に必ず訪れてお菓子を大量に買い込むその娘は、事件があった日、驚くほどの身のこなしで暴れ馬から幼子を救ったのだという。
茶色のもっさりとした髪や背格好、当日の服装等はヴィルジールの記憶と一致していた。
ちなみに色黒の顔はそばかすだらけで、瞳の色は青いと聞いた。
しかし、彼女とは顔見知りだという者たちに彼女の素性を聞いてみると、ある者は「ラヴェラルタ領の北側に住む農家の娘ロザリー」だと言い、ある者は「隣の領から来た商人の娘セリア」だと言う。
広場に店を構える魔獣の素材屋の店主に聞いてみると「名前を知らないからお嬢と呼んでいる。家も知らない」と答えた。
どうやら彼女は、自分の本当の素性を誰にも明かしていないようだ。
「甘いもの好きなのは、多くの女性がそうだから共通点とは言えないな。あとは瞳の色と、本当の姿を隠しているという点ぐらいか」
「しかし、どんな共通点があっても、体を鍛えていたとしても、魔力が全くない時点でマルティーヌ嬢は違うのではないでしょうか」
「魔力……ね」
魔力を持つ者は、その魔力量に応じた魔力を、無意識に体外に放出し全身に纏う。
攻撃術や回復術などで、意図的に大量の魔力を体外に放出することは可能だが、自然に漏れ出てしまう魔力は自分では制御することができない。
そのため、一般的に、外から魔力が検知できない者は魔力がないとされている。
昨日と今日、彼女と過ごしてみたものの、やはり魔力は一切感じられなかった。
むしろ彼女の侍女の方から、わずかに魔力を感じ取れた。
「彼女が膨大な魔力を持ちながら、全く外に出さない人間だとしたら?」
「外に出さない……ですか? そんなこと、ありえるのですか?」
「どうだろうな」
従者の言葉に、ヴィルジールは腕を組んで息をついた。




