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(2)

 そもそも、マルティーヌとアロイスの仮の婚約は、舞踏会で動きやすくするためにヴィルジールが提案したもの。

 実際に婚姻する意思がないことを、彼はよく分かっている。

 それなのに、マルティーヌに授けることができない爵位と領地を仮の婚約者に与え、二人の結婚後の生活を保障しようとしている。


 なぜ?

 アロイスと本当に結婚しろということ?


 マルティーヌはネックレスをぎゅっと握った。

 彼に裏切られたような気がして、胸の奥がつきりと痛んだ。


 ヴィルジールの真意を問いただしたいのに、彼はなぜかここにいない。

 彼が次期国王であるはずなのに、体調の悪い父親である国王と王弟に代弁させている。


「なぜ、ヴィルジール殿下はここにいらっしゃらないのですか?」


 どうしても堪えきれなくなり、これまで誰も口にできなかった疑問を切り出した。


「ヴィルジールは……」

「いや、わしが話そう」


 説明をしようとする弟を、国王が遮った。


 王は重苦しい息を合間に挟み込みながら、衝撃的な事実をゆっくりと告げた。


「第四王子であるヴィルジールは、昨晩、廃嫡となった。近々国外追放となる」

「廃……嫡……?」

「そうだ。彼はもう王子ではないのだよ」


 国王は疲れた様子で目を閉じた。


「そ、それはなぜなのですか! 廃嫡の上、追放だなんて、彼がどんな罪を犯したというのですっ!」


 王子の身分の剥奪など、大きな不祥事を起こさない限りあり得ない。

 彼は実の兄に何度も命を狙われた被害者だ。

 そして、今回の事件の解決と事後処理にも携わった功労者でもある。

 今では次期国王としての期待を一身に集めていたはずの彼を、なぜ、国外に追放するというのか。


「彼は……自分は魔王の生まれ変わりだと、そう告白したのだよ」


 その言葉に、マルティーヌらは一様に息を飲んだ。


「そなたたちの反応を見る限り、魔王の生まれ変わりだというのは、やはり真実なのだな」

「しかしながら、ヴィルジール殿下は前世の記憶をお持ちだっただけで、今の時代では魔王ではありません。しかも、四百年前の魔王も、自らが望んでその立場になったのではないのです。ですから、その罪をヴィルジール殿下に問うのは余りにも理不尽かと」


 辺境伯の言葉はヴィルジールだけでなく、マルティーヌをも庇う。

 前世の罪を今世でも問われるのなら、多くの人々を殺めたベレニスの生まれ変わりである娘も咎人となってしまうのだ。


「分かっておる。それは分かっておるのだ。だが、ヴィルジール自身が、その措置を望んだのだよ。彼は、マルティーヌ嬢に救われなければ、自分がアダラールの次の魔王になっていたのだと言っておった。……それは、まことか」


 国王の視線がマルティーヌに向いた。


 ヴィルジールが魔王の生まれ変わりであることも、謁見の間で起きた異変も、彼自身が話さない限りは国王は知り得ない。

 彼は相当な覚悟で、全てを話したのだろう。


 だから、嘘はつけない。


 マルティーヌは言葉を選びながら説明する。


「……確かにあの時、『死の森』から運び出された椅子から、ヴィルジール殿下に膨大な魔力が流れ込んでいきました。あの恐ろしい椅子に選ばれたと言う意味では、彼の言う通りかもしれません」

「選ばれた……か。彼は、自分に魔王の資質があることを重く受け止めているのだよ。ヴィルジールは、この国にいれば必ずわしの跡を継ぐことになる。しかし彼は、自分にはその資格はないと言うのだ」


 呪われた椅子は魔力の供給源で、魔王は与えられた魔力を蓄えて放出するための器。

 その両方が揃わなければ、恐ろしい魔獣が召喚されることはない。


「ですが、椅子が壊された今、彼が魔王になることは決してありません。その椅子をわたしといっしょに破壊したのも彼なのです! ヴィルジール殿下がいなければ、今頃この国はどうなっていたか……」

「それも分かっておる。たとえ、彼の前世が魔王であったとしても、今世には関係ない。今の彼はこの国になくてはならない存在だ。だが、周囲がどれほど必死に説得しても、がんとして聞き入れようとしなかったのだ」

「そんな……」


 あのとき、過去からの因縁を二人の手で断ち切った。

 彼自身「救われた」と言っていたのに……。

 なのに、どうして彼は、亡霊のような過去の記憶に、未だ囚われたままなのだろう。

 自分の人生を諦めてしまうのだろう。


 マルティーヌは唇を噛んだ。


「ヴィルジール殿下は、今どこにいらっしゃるのですか」

「彼は自室で軟禁されている」


 王弟の言葉を聞いて、マルティーヌは無言のまますくっと立ち上がる。

 そしてクリーム色のドレスの裾を翻すと、後方にある扉に向かって駆け出した。


「マルティーヌ嬢……!」


 アロイスが腰を浮かしかけたが、その時にはもう彼女の姿は扉の向こうに消えていた。

 そして、その扉が閉まる前に、彼は追いかけることを諦めた。


 父親と兄二人に至っては、彼女の姿をちらりと横目でを追っただけで、動くことすらしなかった。


「そなたたち、追わなくても良いのか」


 王弟が目の前の男たちの態度に戸惑いを見せた。


 大陸最強と名高いラヴェラルタ騎士団の団長が、涼しい顔で言う。


「城内ではヴィルジール殿下がベレニスの生まれ変わりだという噂も流れているようですが、本物の勇者の生まれ変わりはあのです。勇者の本気を、我々が止められるはずもありません」

「僕の魔術で彼女を止めようとすれば、この城が崩壊します。それでもきっと止められないでしょう」


 この国トップクラスの魔術師も真顔で断言した。


「彼女が勇者……とな。それは真か」

「そうでございます。実は私の娘……マルティーヌこそがベレニスの生まれ変わりなのです」

「なんと!」

「四百年前も今も、魔王を倒したのはあの娘。それをふまえた上で、陛下にご相談したいことがございます」


 辺境伯が右手を胸に置き、しっかりと顔をあげて国王を見た。

 彼の左右に控える二人の息子と、娘の婚約者の男は深く頭を下げた。

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