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(8)


 魔力の行き先を見失った椅子からは、今も強力な魔力が発せられている。

 これは、この世界にあってはならぬものだ。


「もう、これで終わりにしよう。四百年前の苦い過去の記憶も、今まで引きずった因縁も」


 マルティーヌが決意を込めて言うと、ヴィルジールが頷いた。


「ああ。生まれ変わった俺たちに課せられた使命も、これで果たせる」


 かつての仲間の生まれ変わりであるアロイスとロランも、同時に頷いた。


 椅子を壊したところで過去の記憶は消えない。

 この椅子に召喚された魔獣も『死の森』で生き続ける。


 それでも。

 すべての元凶を自分たちの手で破壊することによって、一つの結末を迎えることはできるのだ。


 勇者ベレニスと、魔王の生まれ変わりは視線を交わした。


「はっ!」


 二人は剣を振り上げた。


「やあぁぁぁっ!」


 椅子から注ぎ込まれた魔力と、二人分の全ての魔力と物理的な力を、細い刃の一点に集中させて背もたれに打ち付ける。


 鈍い音が響く。


 二人の手から全身へと凄まじい衝撃が伝わり、途方も無い規模の魔力が相殺される。

 目の奥に激しい火花が散ったと思った瞬間、視界が闇に落ちた。


 気がつけば、二人は剣を硬く握ったまま、後方に弾き飛ばされていた。


「う……くっ。椅子は、どうなったっ!」


 マルティーヌが慌てて体を起こして、椅子の状態を確認する。

 しかし、大きな背もたれをこちらに向けた椅子には、何の変化も見られなかった。


 それは、なおも立ちはだかる巨大な壁に見えた。


「くそっ、だめか。ヴィル、もう一度いこう!」


 もう一度と言ったものの、二発目は無理だと本当は分かっていた。


 だからって、このまま敗れ去るわけにはいかない!

 負けるものか!


 ふらつく体で立ちあがろうとすると、ヴィルジールが止めた。


「いや、充分だ。見てみろ」


 彼が背もたれの上部を指差した。


 剣を叩きつけた箇所から小さな欠片がぱらぱらと落ちると、そこから縦に大きく亀裂が走った。

 細かなひび割れが左右に網の目のように広がっていき、椅子全体を覆い尽くす。

 ぎらりと、その内部が赤く輝いた。


「危ない! 爆発するぞっ!」

「伏せろっ!」


 ヴィルジールがマルティーヌを腕の中に閉じ込める。

 マルティーヌが残った魔力を振り絞り、彼と自分自身に強化術を施した。


 アロイスとロランは拘束しているアダラールの前に出て盾になった。


「くそっ! 間に合えっ!」


 セレスタンが全力で聖結界を放つ。

 椅子に覆い被さるように、半球状の結界が出現した。


 その直後。


 激しい爆発が起きたが、その音は強力な結界に阻まれて聞こえなかった。

 透明な反球状の結界の内側が、焼けた鉄のような眩いオレンジ色に染まる。


 無数の石の欠片が凄まじい勢いで壁にぶつかっているが、結界の外に飛び出すことはなかった。

 全くの無音の中、立ちこめた黒煙で結界内が闇に落ち、その後ゆっくりと透明に戻っていく。


 その場に残っていたのは、崩れ落ちた石の欠片の山だった。


「もう大丈夫そうだな」


 セレスタンが、内部の魔力の消失を確認した後、結界を解いた。

 結界のふちに溜まっていた石の欠片が乾いた音を立てて崩れ、円形に広がった。

 誰もが一瞬身構えたが、小石の山からは一切の魔力を感じ取れない。


 安堵のどよめきが起きた。


「ああ……ようやく、終わった……のか?」


 ヴィルジールがマルティーヌを腕に収めたまま振り返る。

 彼の大きな体に阻まれて、マルティーヌからは椅子の様子は見えないが、もう、身が凍りつくような強烈な魔力は微塵も感じられない。


「うん、そうだね。全て終わった」

「あぁ……。君のおかげだ」


 ヴィルジールが万感の思いで両腕に力を込めた。


「本当に、長かったね」


 マルティーヌも彼の背中に回した手に力を込めた。


 きっかけは、国境の街道で巨躯魔狼に襲われていた彼を助けたことだった。

 彼と出会って約半年。

 短いようでとてつもなく濃い日々の後、こんな決着を迎えるとは思ってもいなかった。


 ベレニスの記憶からは約四百年。

 ヴィルジールの持つ魔王の記憶にはさらに数百年が追加される。

 その途方もない長い間、古代の魔道具が人々を弄んできた。

 彼と自分、ベレニスや彼女と同じ時代を生きた者たち、きっとヴァロフ王までもが椅子の犠牲者だった。


 ようやく。

 ようやく、椅子の呪縛から解放されたのだ。


「君が阻止してくれなければ、俺は新たな魔王となっていただろう。本当に感謝している」

「感謝なんていらないよ。俺らはきっと、そのために同じ時代に生まれたんだ。勇者が魔王を倒すためじゃなくて、この連鎖を断ち切るために」

「ありがとう。……そう考えたら、俺も救われる」


 そう呟くと、彼はマルティーヌの肩に額を預けた。


「ヴィルがそんなに素直だなんて、気持ち悪いな」


 ちょっと茶化しながら彼の背中をばしばし叩くと、彼はわずかに顔を赤くしながら「うるさい」と腕を解いた。

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