(4)
「このこってりした甘すぎる菓子を三個全部食べ切るのは、俺でも大変だったよ。君は病弱なはずなのにすごい食欲だね」
しまった!
ここは一口だけ食べて、残すべきだった!
病弱設定が音を立てて崩れていく気がした。
いや、それはおそらく昨日のうちにとっくに崩壊していたのだ。
気づいていなかっただけで——。
「あ……のっ。甘いものだけは別……っていうか、病気でもいくらでも食べられるっていうか……」
しどろもどろになっていると、ヴィルジールは席を立って、マルティーヌの椅子の後ろに立った。
背後から両肩に、彼の手が優しく置かれる。
「ひいっ!」
「お菓子ばかり食べていては体に悪い。ちゃんと栄養のある食事も摂らなくては……ね?」
「そ、そんなっ、お気遣いなくうぅぅ」
うつむいて首を横にふると、肩に置かれた手に重みが加わる。
『これ以上は言わせない』という心理的、物理的な圧力だ。
そして左耳には、囁くような甘い声が吹き込まれる。
「このままでは、君のことが心配で夜も寝られないかもしれない。だから、一緒に食事をして、俺を安心させてくれないか」
彼の前髪が自分の髪を撫でる感触。
左耳に触れる吐息。
二人の兄や父とは違う、知らない香水の香り。
うそっ! 近い近い近いーっ!
あまりの状況に耐えきれず、マルティーヌは彼を振り払うように席を立った。
「心配してくださらなくても大丈夫です。わたくしは殿下と一緒でない方がもりもり食べられるし、夜もぐっすり寝られます!」
思わず反抗するような視線を向け、自分でも訳が分からないセリフを言い放つと、彼は吹き出した。
「ふはっ! やはり君は面白い」
面白い……だと?
怒りに肩を震わせていると、ヴィルジールは笑いをこらえながら侍女に視線を向けた。
コラリーはびくりと身体を震わせる。
「ああ、君。今後、食事の時はマルティーヌ嬢を私の向かいの席にしてもらえるだろうか」
「は、はい。当主に相談させていただきます」
彼女もそう返答するのが精一杯だった。
「相談する」と言ったものの、これは確実に実現する。
この国の王子様の要望なのだから——。
「では、また後ほど。マティ」
「マ……っ?」
さらりと呼ばれた愛称に固まってしまい、何の言葉も返せないでいると、彼は勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。
そして側近を従え、颯爽と薔薇のアーチをくぐっていった。
二人の気配が完全に感じられなくなると、マルティーヌはその場にへたり込んだ。
「ああぁぁぁ……、どうしよう、コラリー」
「ごめんなさいぃぃ〜! あのお菓子、絶対お嬢様の好きなやつだと思って、全種類お皿に載せちゃった。厳選した一個だけにしておけばよかったんですね。そうしたら、あんなこと言われなくてもすんだのにぃー!」
コラリーもその場で崩れ落ち、両手で顔を覆った。
「ううん。わたしはもっと乗せて欲しいと思ったくらいだもん。一個ずつしか皿に載せなかったコラリーは、むしろえらかったわ!」
同性の同じ年頃の友達がいないマルティーヌにとって、彼女は使用人とはいえ、一緒にお茶を楽しむ貴重な相手。
山盛りのお菓子は、二人にとって当たり前のことだった。
「わたしが残せばよかったのよ。でも、フォークが止まらなくて全部ぺろっと食べちゃった。だって、とっても美味しかったんだもん。だから、コラリーは悪くないよ。あのお菓子が美味しすぎたのが全部悪い! もう、こんな罪深いお菓子はこの世から消し去ってやる! コラリー、手伝って!」
そしてまた二人は、やけ食いと称して、王子からもらった高級菓子をすべて平らげてしまった。




