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「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください  作者: 平田加津実
第1章 ラヴェラルタ家の令嬢は病弱である
20/210

(4)

「このこってりした甘すぎる菓子を三個全部食べ切るのは、俺でも大変だったよ。君は病弱なはずなのにすごい食欲だね」


 しまった!

 ここは一口だけ食べて、残すべきだった!


 病弱設定が音を立てて崩れていく気がした。

 いや、それはおそらく昨日のうちにとっくに崩壊していたのだ。

 気づいていなかっただけで——。


「あ……のっ。甘いものだけは別……っていうか、病気でもいくらでも食べられるっていうか……」


 しどろもどろになっていると、ヴィルジールは席を立って、マルティーヌの椅子の後ろに立った。

 背後から両肩に、彼の手が優しく置かれる。


「ひいっ!」

「お菓子ばかり食べていては体に悪い。ちゃんと栄養のある食事も摂らなくては……ね?」

「そ、そんなっ、お気遣いなくうぅぅ」


 うつむいて首を横にふると、肩に置かれた手に重みが加わる。

『これ以上は言わせない』という心理的、物理的な圧力だ。

 そして左耳には、囁くような甘い声が吹き込まれる。


「このままでは、君のことが心配で夜も寝られないかもしれない。だから、一緒に食事をして、俺を安心させてくれないか」


 彼の前髪が自分の髪を撫でる感触。

 左耳に触れる吐息。

 二人の兄や父とは違う、知らない香水の香り。


 うそっ! 近い近い近いーっ!


 あまりの状況に耐えきれず、マルティーヌは彼を振り払うように席を立った。


「心配してくださらなくても大丈夫です。わたくしは殿下と一緒でない方がもりもり食べられるし、夜もぐっすり寝られます!」


 思わず反抗するような視線を向け、自分でも訳が分からないセリフを言い放つと、彼は吹き出した。


「ふはっ! やはり君は面白い」


 面白い……だと?


 怒りに肩を震わせていると、ヴィルジールは笑いをこらえながら侍女に視線を向けた。

 コラリーはびくりと身体を震わせる。


「ああ、君。今後、食事の時はマルティーヌ嬢を私の向かいの席にしてもらえるだろうか」

「は、はい。当主に相談させていただきます」


 彼女もそう返答するのが精一杯だった。


 「相談する」と言ったものの、これは確実に実現する。

 この国の王子様の要望なのだから——。


「では、また後ほど。マティ」

「マ……っ?」


 さらりと呼ばれた愛称に固まってしまい、何の言葉も返せないでいると、彼は勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。

 そして側近を従え、颯爽と薔薇のアーチをくぐっていった。


 二人の気配が完全に感じられなくなると、マルティーヌはその場にへたり込んだ。


「ああぁぁぁ……、どうしよう、コラリー」

「ごめんなさいぃぃ〜! あのお菓子、絶対お嬢様の好きなやつだと思って、全種類お皿に載せちゃった。厳選した一個だけにしておけばよかったんですね。そうしたら、あんなこと言われなくてもすんだのにぃー!」


 コラリーもその場で崩れ落ち、両手で顔を覆った。


「ううん。わたしはもっと乗せて欲しいと思ったくらいだもん。一個ずつしか皿に載せなかったコラリーは、むしろえらかったわ!」


 同性の同じ年頃の友達がいないマルティーヌにとって、彼女は使用人とはいえ、一緒にお茶を楽しむ貴重な相手。

 山盛りのお菓子は、二人にとって当たり前のことだった。


「わたしが残せばよかったのよ。でも、フォークが止まらなくて全部ぺろっと食べちゃった。だって、とっても美味しかったんだもん。だから、コラリーは悪くないよ。あのお菓子が美味しすぎたのが全部悪い! もう、こんな罪深いお菓子はこの世から消し去ってやる! コラリー、手伝って!」


 そしてまた二人は、やけ食いと称して、王子からもらった高級菓子をすべて平らげてしまった。

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