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「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください  作者: 平田加津実
第1章 ラヴェラルタ家の令嬢は病弱である
2/210

(2)

「きゃーっ! 坊やっ!」


 金切り声をあげたのは母親だろうか。


 恐慌状態で走り来る馬の前に、五歳ぐらいの幼い男の子が棒立ちになっていた。


「だれか! だれか助けて!」

「危ない!」


 マルティーヌは迷わず石畳を蹴った。


 手にしていた紙袋からアップルパイとクッキーが散らばる。

 それらが地面に落ちるまでのわずかの間に、彼女の足は広場を横切り、両腕に幼子を納めた。

 そして、棹立ちになった馬の蹄をすんでのところでかわし、野菜を売っていた露店をめちゃくちゃにしながら、向こう側の通路に転がり出る。


 興奮しきった暴れ馬は、そのまま向かいのキャンディ屋の隣の花の露店を蹴散らし、商店の間の細い路地に消えて行った。


「うわぁぁぁん! おかあさーん!」


 一瞬の出来事に凍りついていたその場が、子どもの泣き声で動き出す。


「大丈夫か」

「嬢ちゃん、よくやったな。怪我はないか」


 子供を抱きかかえたまま、石畳に横向きに倒れていた少女のもとに、人々が集まってきた。


「ほら、手を貸そう」


 一人の中年の男性が子供を抱えた少女を助け起こそうとしたとき、その場はまた騒然となる。

 別の馬が先ほどの馬と同じ方向から走ってきたのだ。


「もう一頭来たぞ! 暴れ馬だ」

「みんな逃げろ!」


 しかし、今度の馬は左の腿が赤く染まっており、その脚を半分引きずっていたせいで、速度はそれほどでもなかった。

 馬は強引に広場を横切ろうとはせず、商店街と露店の間の隙間を駆けていく。

 おかげで、人々や店舗に被害は及ばなかった。


「もう来ないか?」


 二頭の馬が姿を現した方向を不安げに見やりながら、また、人々が集まって来た。


「ほら、もう泣かないで。大丈夫だからね」


 マルティーヌは泣きじゃくる子どもを抱きかかえたまま、ゆっくりと立ち上がった。


「坊や!」


 顔面蒼白で駆け寄って来た母親に子どもを渡す。


「大丈夫ですよ。怪我はしてないはずだから」

「ありがとうございます! 本当に、なんて……言ってい……いか……あぁ、ぼ……うや」


 我が子を強く抱きしめた母親の言葉は、涙で途切れ途切れだ。


「無傷だなんて奇跡だ!」

「すごい勇気だな。きっとベレニス様が乗り移ったんだろう」


 マルティーヌは周囲の賞賛の声に、「そんなことないわよ」と照れた様子を見せながら、二頭の馬が姿を表した方向をちらりと見た。


 先ほどの馬は、大きな獣にでも噛まれたような傷を負っていた。

 二頭ともこのあたりでは見かけない、手入れの行き届いた立派な馬だった。

 鞍をつけていなかったから、貴人の乗った馬車を引いていたのかもしれない。


 なにが起きた?

 まさか、魔獣が出現した?


 考え込む彼女の背後に、いつの間にか一人の男が立っていた。

 広場の商店街で魔獣の素材や加工品を扱う店を営む、がっしりとした体つきの三十代前半ぐらいの無精髭の男だ。


「お嬢?」


 伺いをたてるような彼の囁き声に、マルティーヌは彼を見やることなく声を落とす。


「バスチアン。馬と長剣、すぐに用意して」

「りょーかい」


 最低限のやりとりだけで男は踵を返した。


 彼もまた、マルティーヌと同じ疑念を持っていたのだろう。

 彼女の指示の意図をすぐさま読み取った。

 その背中にちらりと信頼の目を向けて、マルティーヌは大きく息を吸う。


「あぁっ! あれはっ!」


 大声で叫びながら、先ほど馬が駆けて来た方向を指指すと、三頭目の暴れ馬が来たかと思った町の人々は、一斉にその方向に目を向けた。


 人々の視線がそれたその一瞬、子どもを救った勇敢な少女の姿はその場から消えた。

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