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謁見の間に据え置かれた玉座(1)

 謁見の間の扉には鍵がかかっており開かない。

 内部に魔獣の気配は感じないものの、何が仕掛けられているか分からないため、扉を内側に向かって破壊する。

 全員が抜剣し身構える中、セレスタンが扉の正面に立ち、右手を前に掲げた。


「はあぁぁぁっ!」


 周囲に充満する冷たい魔力を凌駕する熱波が、魔術師の右手から放たれた。

 固く閉じられた二枚の扉の中央部分が、目がくらむほどのオレンジ色に染まったかと思った次の瞬間、その色はさしたる音も立てずに扉を突き抜けていく。

 扉には、両手を広げたほどの大きさの穴が空き、衝撃に耐えきれなくなった扉の蝶番が吹っ飛ぶと同時に、二枚の扉も内側へと吹き飛ばされた。

 破壊音が、石造りの壁に反響する。


「よし、行くぞ!」


 男たちは謁見の間へとなだれ込んだ。


 長期間使われていなかったはずの室内には、両側の壁際にずらりと明かりが並べられており、薄暗いながらも様子は見える。

 大理石の床の中央には、入り口から玉座までを結ぶ真紅の絨毯が長く伸びていた。

 その先に、大きな椅子のようなものに座る人影があった。


「来るな! すぐに逃げろ!」


 正面の男が、振り絞るような声で叫んだ。


「誰かいるぞ」

「誰だ……やはり……」


 彼が身につけていたのは、先ほどの舞踏会で王太子が来ていたものと同じ、金糸で装飾が施された赤みがかった紺の上下。

 毛皮のふちどりのある真紅のマントを肩にかけており、マントの裾は椅子の背もたれの向こう側に垂らされている。

 そのため、角ばった形状は分かるが、椅子そのものは見えない。

 少し濃い色の銀の髪は乱れており、その頭には、細い銀色の王冠のようなものが斜めに乗せられていた。


 声も姿も明らかに王太子だ。

 しかし、数刻前に見た姿と比べて異様なほどにやつれており、別人かと見紛うほどだ。


「……アダラール?」

「お前、ヴィルジールか?」


 ヴィルジールが王太子を認識すると同時に、相手も押し入って来た男たちの中に弟がいることに気づいたようだ。


「兄上、このような場所で何をなさっているのか」


 ヴィルジールが王太子を追い詰めるように、赤い絨毯の上を一歩一歩前に出る。

 王子に続いて、他の男たちもじりじりと迫っていく。


「だめだ! 来てはならぬ! 早く逃げるんだ!」


 アダラールは先ほどと同様の言葉を繰り返した。


 どういうことだ。

 彼が『死の森』の椅子の魔力を解放し、我々をおびき寄せたのではないのか。

 なぜ、今更逃げろなどと?


「逃げる? 何から逃げろとおっしゃるのですか。この状況は、貴方が作り出したものではありませんか!」


 さらに一歩足を前に出した時、その足の下から左右に青白い光が伸びた。


「魔法陣だ!」

「皆、下がれっ! 後退せよ!」


 オリヴィエが叫び、男たちが数歩も下がれないうちに、青白い光は大理石の床の上に大きな円を結ぶ。

 様々な文字や図形が浮かび上がると同時に、王城全体が縦に大きく揺れた。


「くそっ!」

「……くっ。気をつけろ、来るぞ!」


 開いた両足を踏みしめ、歯を食いしばって衝撃に耐えながら、魔法陣の変化を凝視する。


 浮かび上がった禍々しい文様がふっと暗くなったかと思うと、円の内側にもう一つの円が浮かび上がり、先端が尖った細い棒状のものが数十本、床から突き上げてきた。


 レイピアの細い剣身を思わせる青味を帯びた銀色の棒は、床からわずかに離れると、空中でぴたりと動きを止めた。


「なんだあれは。魔獣……なのか?」


 一見硬質に見えた棒は中央からくねりと折れ曲り、狙いを定めるように、鋭い切っ先を男たちのいる方向に向けた。


「来るぞ。構えろ!」


 ぴんと跳ねるように一直線に戻った謎の棒は、その勢いのまま宙を滑るように飛んできた。

 その数、ざっと五十本。


「気をつけろ! 貫かれるぞ!」

「叩き斬れ!」


 男たちは次々と襲い来る銀の棒を、剣を振り回して叩き斬っていく。

 相手は金属かと思うほどに硬く、凄まじい速度で宙を滑空する凶器だった。


 うまく真っ二つにできたものは、足元に落ちてばたばたと跳ねるだけで、それ以上飛び回ることはなかった。

 攻撃が効かず弾き飛ばしてしまったものは、壁際でくねりと方向転換をして戻って来る。

 セレスタンが破壊した扉からは、何本かが真っ直ぐ外に飛び出していった。

 壁に激突した何本かは、長さの半分ほどが石の壁に突き刺さり、ばたばたともがいている。

 このまま放置すれば壁を突き破りそうだ。


「セレス、やばいっ! こいつらを外に出すな!」

「分かってる!」


 セレスタンが慌てて入り口の穴を聖結界で塞ぎ、壁一面を強化する。

 しかし、その大掛かりな術を維持するために、彼は攻撃には参加できなくなってしまった。


「これは何なんだ。蛇か?」


 バスチアンが足元で跳ねているものを軽く足で蹴ってみると、それはもはや硬くはなかった。

 くねくねと動く蛇とは、動きが違うように思う。

 よく見ると、青光りする細い体には鱗やヒレ、尾のようなものがついていた。


「いや、違う。これは魚だ!」

「魚だと? 魚の魔獣なんて初めて見たぞ」


 オリヴィエは信じられないという調子で叫ぶと、仕留め損ねて戻ってきた一匹を斬った。

 真っ二つとなって足元でびちびちと跳ねる魔獣は、確かに細くて長い魚だった。


 『死の森』には獣と鳥、爬虫類や虫の魔獣しか生息していなかった。

 まさか、水中生物の魔獣が存在するとは思っても見なかった。

 しかもこの魔獣は、水中ではなく宙を自由自在に泳ぐのだ。

 獣や虫と全く異なる、見たことのない動きに翻弄されているうちに、魔法陣からは新たな個体が次々と出現してきた。

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