(6)
「ああ、来たか」
オリヴィエたちが駆けつけると、美しい彫刻が施された重厚感あふれる大きな二枚合わせの扉の前に、仲間が一人待っていた。
彼も到着したばかりなのか、息を切らしている。
「バスチアン、来てたのか」
「ああ。この向こう、やっべぇぞ」
バスチアンは扉の向こうを親指で差しながら顔をしかめた。
「……そうだな」
扉のずっと向こうの真正面に、さほど大きくはないが、極限までに凝縮された冷気の塊のような魔力を感じる。
徐々に慣れてきたものの、すぐさまこの場から離れたくなるような畏怖と、底知れぬ恐怖を抱かせる未知の力だ。
ヴィルジールは扉の向こうを睨んだ。
彼だけは、この冷気に似た魔力の記憶があった。
それは昔、何百年もの間、自分を魔王として森の奥地に閉じ込め、苦しめて続けてきた力と同じ肌感覚だった。
「この向こうは謁見の間。正面に置かれているのは玉座……椅子だ」
「椅子!……ああ、そうか。なるほど、椅子か」
それだけで、サーヴァ以外の者たちはそこに何があるのかを悟った。
玉座——権力を象徴する、王だけが座することを許された椅子。
しかし、『死の森』から運ばれてきた冷たく硬い石の椅子に座すのは、魔王だ。
これまで魔王の椅子の存在は、何らかの力で隠蔽されていたに違いない。
長らく使用されていなかった謁見の間に、ドゥラメトリア王の輝かしい玉座の代わりに据え置かれて——。
セレスタンが扉に両手をついて目を閉じた。
謁見の間の奥にあるものを魔力で探る。
「どうだ。何か分かるか」
「いや……、正面にとんでもない魔力の塊があることしか分からないな。中に魔獣の魔力は感じない。人間も……誰もいないのかな? これだけ周囲の魔力が強いと、よほどの大物でない限り、人間の魔力なんて打ち消されるんだろうけど」
彼は扉から手を離すと、「冷たっ! 凍傷になりそうだ」とおどけて、両手をこすり合わせた。
しばらく考える様子を見せた後、オリヴィエが言う。
「どうする。入るか」
先ほど暴発したように出現した魔力は、城内にいる仲間たち全員が感じ取ったはずだ。
そう遠からず、残りの二隊も駆けつけるだろう。
最強の戦力であるマルティーヌも。
こっちにサーヴァ殿下がいる以上、マティは直接合流してはこないだろうが、近くには来ているはず。
俺らが動けば、必ずあいつも動く。
オリヴィエはアロイスにちらりと問うような視線を向けた。
「そうですね。皆、すぐに来るはずですから、増援を待つ必要はないでしょう」
「僕も、この魔力は長時間放置しないほうがいいと思うなぁ。変なモノを召喚されても困るしさ」
仲間への、そしてマルティーヌへの絶対的な信頼から、アロイスとセレスタンは即座に先行することを選ぶ。
腕を組んだバスチアンも、同意するように頷いた。
「罠かもしれないぞ」
部外者であるサーヴァが慎重な様子を見せる。
現在は魔獣の気配がなくとも、庭園と同じような魔法陣が仕掛けられていれば、どんな魔獣が召喚されるか分からない。
これだけ大きな魔力が渦巻いているのだから、何が起きてもおかしくない。
しかし、そんなことはラヴェラルタの男たちとヴィルジールは百も承知なのだ。
「可能性はあるが、それごと潰す」
ヴィルジールは強く拳を握った。
中にあるのは四百年前、いやもっと以前からの元凶である石の椅子。
これ以上の悲劇を生まないために、そしてこの国を守るために、一刻でも早く破壊したかった。
この件には実の兄アダラールが関わっている可能性が高い。
本当に彼が現代の魔王であるのなら、四百年前の魔王の生まれ変わりである自分が倒さなければ。
過去から続く因縁に、この手で決着をつけなくてはならない。
「ここは王城です。ヴィルジール殿下、突入の許可を」
王子の覚悟を聞いた騎士団長が促す。
先ほどの庭園ならまだしも、謁見の間での戦闘となれば、国の財産にかなりの被害が出ることになる。
しかも、敵が王太子である可能性が高いのだ。
「無論だ。ドゥラメトリア王国第四王子ヴィルジールの名において、謁見の間への突入と内部での武力行使を許可する。全ての責任は我にある」
ヴィルジールはそう宣言してから大理石の床に手を置き、先ほど発した宣言を魔力で床に書き付けた。
そして、サーヴァに視線を向ける。
「サーヴァ殿下はここでお待ちを。他の二隊も間も無く到着するはずですから、我々が中にいることを彼らに伝えていただけないでしょうか」
これがサーヴァを引き離す最後の機会だった。
しかし、彼は明らかに不満そうな顔をする。
「はっ、お前が入るのにか?」
「ここは、ドゥラメトリア王国です。我が国を脅かす脅威に、私が出るのは当然のこと。そして私の立場から、隣国の皇子であらせられるサーヴァ殿下を危険に晒すわけには参りません」
「では。私に何があろうとも、この国に責任を負わせることはないと誓おう」
サーヴァも床に手を置き、ヴィルジールの宣言の隣に誓約を刻みつける。
ヴィルジールはその文字を苦々しく見つめてから、低く通る声で皆に告げた。
「突入せよ!」




