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「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください  作者: 平田加津実
第1章 ラヴェラルタ家の令嬢は病弱である
19/210

(3)

 翌日の昼下がり。

 中庭にお茶のテーブルが用意された。


 ラヴェラルタ家側が招待した体裁を取っているが、実際には王子側から当主に要求して実現したお茶会だ。

 ラヴェラルタ家としては、母親か兄の一人を同席させることを望んだのだが、あえなく却下されただけでなく、周囲の人払いも要求された。

 さらに侍女は「昨日の彼女を」と指名された。


 ラヴェラルタ家が王子らを保護しているにも関わらず、何から何まで王子側の要望通りに決まっていく。


「ほんとに、権力者って腹が立つ! あいつら、何でも思い通りになって当然だって、思ってるんだから」

「実際、思い通りになりますからね」

「居候なんだから、ちょっとは遠慮しろっての!」


 マルティーヌとコラリーが顔をしかめてひそひそ話していると、中庭の入り口付近に人の気配を感じた。

 二人の間に緊張が走る。

 ほどなく、蔓薔薇で仕立てたアーチをくぐって二人の青年が入ってきた。


 今日のヴィルジールは、初対面の時と同じく前髪をすっきりと上げている。

 シャツのボタンもいちばん上までしっかり掛け、レースのジャボには先日見た一角暴鹿のカメオが留められていた。

 凝った刺繍が施された光沢のあるグレーの上下に、黒光りする靴。

 頭のてっぺんからつま先まで一分の隙もない、正式なお茶会に出席するための装いだ。


 彼の後ろからは、金色のリボンがかけられた箱を両手で持った側近のジョエルがついてきていた。


「お招きありがとう」


 ヴィルジールは出迎えたマルティーヌの手を取ると、例のごとく唇を寄せる。


「来てくださって嬉しいですわ」


 昨日からの特訓もあって、定型文ならごく普通に返せる。

 招いた覚えはないけどねと心の中で反発しながら、にっこりと微笑みを返した。


 マルティーヌの方も昨日より念入りに化粧をし、昨日の二倍以上のフリルがついた華やかなエメラルドグリーンのドレスを身に纏っていた。


 マルティーヌと侍女は、昨晩からつい先ほどまで、母親監修のもと、みっちりと対策を練ってきた。

 昨日のような不意打ちとは違い、準備は万端だ。

 彼がどれほど破天荒な行動を取ろうとも、冷静に優雅に対応できる、はず。

 ——多分。


「こちらをマルティーヌ嬢に」


 ヴィルジールがちらりと背後に視線を向けると、ジョエルが前に進み出てきた。


「お気遣いありがとうございます」


 マルティーヌが丁寧に礼を述べた。


 緊張した面持ちで箱を受け取った侍女が、ワゴンの上でリボンを解き箱を開くと、中には正方形に切られたお菓子が美しく並べられていた。


 ふわりと甘い香りが辺りに漂う。


 以前に食べたときは普通の茶色いチョコレートでコーティングされたものだけだったが、濃いピンクの飴がかけられたものと黄緑のクリームのものもあり、全体に金粉があしらわれている。

 元は皇国から王国への贈り物だっただけあって、豪華絢爛な一箱だ。


「うわぁ……」


 その美しさにマルティーヌが思わず歓声を上げかけると、コラリーがきっと睨んできた。


「まぁ、なんて素敵なお菓子なのでしょう。ありがとうございます、殿下。うふふふ」


 慌てて取り繕い、椅子から浮かしかけた腰をさりげなく戻す。


 あぶない、あぶない……。

 昨晩からの猛特訓を、初っ端から台無しにしてしまうところだった。

 今日こそは、完璧な令嬢として振舞ってこの男を見返してやるんだから!


 決意を新たにしてテーブルの下で拳を握りつつ、すました顔をしていると、目の前に三色のお菓子が盛り合わされた皿が置かれた。

 カップには最高級のお茶が注がれる。


 目の前の彼は「いい香りだね」と、美しい微笑を浮かべカップを取った。


「君はザウレン皇国へは?」


 今日の彼は、昨日とはまるで別人のように気品高く優雅。

 話題の振り方も自然で、身構えていたマルティーヌが拍子抜けするほどだ。


「い……いいえ。わたくしは、体が弱くて、領地から出たことがありませんので……」


 ここで病弱設定を強調すると、彼は申し訳なさそうに眉を下げた。


「ああ、そうだったね。だったら、皇国の話は珍しいだろうか」

「ええ」


 美味なお菓子とお茶を味わいながら聞く、隣国の皇族の暮らしぶりや城の様子、古い様式が残る街並みの話は純粋に興味深かった。

 彼がマナーから逸脱するような言動を取ることもなかったから、安心して美味なお菓子と洗練された会話を楽しんだ。


 わたしだって、その気になればちゃんと令嬢をやれるんだから!


 貴族令嬢としてのレベルが一つ上がった気がして、気分が良かった。


 目の前のきらびやかなお菓子は一つ二つと減っていき、やがて皿が空になる。

 そして、小一時間くらい経っただろうか。

 お手本のようなお茶会を繰り広げた彼は、侍女が勧めた三杯目の紅茶を丁寧に断ってから、にっこりと笑った。


「今日は楽しかったよ。では、また夕食会でお会いしましょう」

「え?」


 今日も夕食を遠慮するつもりでいたから、「また」はないはずだ。

 驚きに目を丸くしていると、ヴィルジールはマルティーヌの前に置かれている皿に視線を向け、にやりと唇の端を上げた。

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