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(2)

「でもなぜ、このタイミングで結界を解いたんだろう……」

「庭園の魔法陣が破壊されたからだろ?」

「さらに魔獣を召喚したいったこと? でも、そうする意味が……」


 もう少し考察を進めたかったのだが、ジョエルがルフィナとレナータをかばいながら聖結界の中に駆け込んできたため中断された。

 聖結界の外の方が魔力の影響を強く受けるため、正気に戻るまでに時間がかかったようだ。

 サーヴァの側近は遠慮したのか結界には入らず、緊張した面持ちで周囲を警戒している。


「お姉さまっ! 怖いっ!」


 ルフィナは半分泣きながらマルティーヌに抱きついてきた。


「心配なさらないでください、ルフィナ殿下。ここにいるパメラの結界はとても強いですから、この中にいれば、何が起きても大丈夫ですわ」


 必死にしがみつく少女の背中をなだめるように撫でながら、パメラに「結界をもっと強化して」と指示を出す。

 そして、無言でロランとジョエルを見るとその視線を結界の外へと振った。

 彼らは小さく頷き、結界から出て行った。


「わたくしも、もう行かないと。姫さま、どうぞお利口で待っていてくださいね」


 マルティーヌはルフィナの頭を撫で耳元で囁くと、「やだやだ」と抵抗する小さな体を彼女の侍女に押しやった。

 そして、少女を不安がらせないように笑顔を見せ、用意されていた愛剣を手に取ると立ち上がる。


「行かないで! マルティーヌお姉さまっ! 待っ……」


 引き止める声は聖結界を通り抜けると同時に聞こえなくなった。

 侍女を振り切ってマルティーヌの後を追おうとした皇女は、結界に阻まれて出られない。

 見えない壁を必死に叩く掌がこちらを向いていた。


 「さすが、パメラ。心得てる!」


 百戦錬磨の魔術師は、何も言わずとも、マルティーヌの意図を読み取っていた。

 マルティーヌはふっと笑うと、不安げな様子のサーヴァの部下たちに近づいていく。


「ルフィナ皇女殿下は結界の中でお預かりいたします。皆様方も、この中で殿下をお守りください」


 彼らは魔獣相手であればそれなりに戦える手練れではあるが、遠く離れた場所に出現した得体のしれない魔力に、どう対処すべきか分からなかった。

 そもそも、主からこの場に残るよう命じられた以上、勝手に持ち場を離れることは許されない。


「それはありがたいが、あなた方はどうされるのですか?」


 黒いローブのような民族衣装の一人が、少しほっとしたような顔で言う。


「発生した魔力の元に向かいます」

「まさか……ご令嬢も?」


 彼らはマルティーヌが病弱であると信じていた。

 その儚げな美貌や華奢な体格からもそうとしか見えなかったが、彼女の腰には体格の良い男が使うような、ごつい剣の柄がのぞいている。


「ええ。わたくしも、ラヴェラルタ家の者ですから」


 少しはにかんだようにも見えた笑顔に、男たちの背筋がぴしりと緊張した。

 しかし、その理由を考える暇もなく、ジョエルとロランによって結界内に強引に押し込まれ、見えない壁の内側に閉じ込められてしまった。


 結界の外は、ラヴェラルタの仲間だけ。

 結界内は音が遮断されているから、もう、どんな言葉遣いをしても構わない。

 マルティーヌは結界に背を向け、副団長マルクの顔となって指揮をとる。


「ジョー。現在の全員の位置を確認して」


 先ほど出現した強大な魔力は、城にいる仲間たち全員が感知したはずだ。

 きっと、その発生源に向かおうとする。


「いちばん魔力の発生源に近いのは、リーヴィたちの本隊ですね。今いる場所は、大聖堂の空中回廊の下あたり。あとは……皆、遠いです」


 クレマンとマチューが率いる二つの隊は、どちらも庭園からさほど離れていない場所で魔獣と交戦中だ。

 すぐに駆けつけることは難しいだろう。

 単独行動をしているバスチアンも遠いが、城内にいるため早く発生源に到着できるかもしれない。


「今、魔力が発生しているのはこの方向だよね。そこには何があるんだろう? 城の中? 外?」


 マルティーヌが遠くを指指した。


 城内の見取り図は頭に叩き込んではあるものの、今ひとつ距離感がつかめない。

 方向的には庭園から城を挟んで正反対にある大聖堂より、かなり左寄りだ。


「そうですね……。リーヴィたちのいる場所より少し近く感じますから、おそらく城内。謁見の間のあたりかもしれません」

「謁見の間……?」


 その部屋は、国王が病床にあるため長い間使われておらず、マルティーヌたちが王太子に謁見したときも貴賓室に通された。

 だから、この城の謁見の間がどういう設えになっているのかは知らない。


 マルティーヌが思い浮かべたのは、四百年前にベレニスが暴君ヴァロフ王に謁見した場面だ。


 数百人が余裕で入れるただっ広い空間のずっと先の正面。

 真紅の絨毯が敷かれた数段の階段の上に、最高権力者を象徴する豪奢な玉座が、主を待つかのように据え置かれていた。

 ベレニスとチェスラフが深く頭を下げて待つ中、王は悠々と姿を現し、玉座に腰を下ろすと「面を上げよ」と横柄に言った。

 あの瞬間からベレニスの運命が変わった、苦い記憶——。


「謁見の間。玉座……?」


 王座……つまり、椅子。

 まさか、聖結界で封じられていたのは、『死の森』にあった石造りの——?


 ざわりと、おぞましい何かが背筋を這い上がる気がした。


「ジョー。い……ま、王太子はどこ……にいる?」


 口の中がからからになって、言葉がかすれた。


「王太子殿下ですか?」


 この夜、ジョエルは何度標的視術を使っても、王太子アダラールの姿を視ることはできなかった。

 だから、あまり期待せずに、同じ方向を向いたまま王太子の顔を思い浮かべた。


 そして。


 彼は「ひっ!」と短い悲鳴を上げると、尻餅をついた。

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