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(4)

 大庭園に出現した魔獣の大半は駆逐された。

 魔力を使って探索すると、離れた場所に潜む獣が数多く捉えられるが、ようやく一区切りがついたと言えよう。


 遅れて現場に到着したパメラが強力な聖結界を張り、傷ついた仲間たちの治癒と体力の回復処置を始めている。

 サーヴァの部下を含む数名の重傷者は出たものの、誰一人命を落とすことはなかった。


 庭園には血の臭いが充満し、いたる場所に魔獣たちの死骸が積み上げられている。

 中央付近には黒焦げとなった魔獣が数体、破壊された彫像の替わりのように立っていた。


 ラヴェラルタ騎士団が居合わせなかったら、どれほど大きな被害になっただろうか。

 一体、何が目的なんだ——。


 怒りを吐き出そうと深い息をついたヴィルジールの右肩が、ぽんとたたかれた。

 振り返ると、バスチアンがにっと笑った。


「おぉ! 随分男前になったものだな!」


 そんな彼は、こめかみから流れる血で顔を汚し、左足を軽く引きずっていた。

 彼は治癒術が使えるが、今後の展開を見据えて、自分の魔力を使って傷を治すことはしない。


「お互い様だ」


 笑い返したヴィルジールの右頬には、かぎ裂きになった傷が三本。

 出血は止まっていたが、顔半分が血に染まった凄まじい形相になっていた。


「重傷者の治癒が終わったようだから、殿下も治癒を受けてくれ」


 バスチアンがパメラの元へ行くように促すと、「それはだめだ!」とセレスタンが二人の前に立ちふさがった。


「しかし、殿下の傷もなかなかひどいぜ? 早く治療をしないと」

「それくらい、僕がやるって言ってるんだよ!」

「えっ? ……それは、できれば遠慮したい」


 この国一の魔術師の申し出に、ヴィルジールはあからさまに嫌な顔を見せた。


 『死の森』で受けた彼の治療はあまりにも乱暴だった。

 傷口を大きく切り開き、超絶にしみる毒消薬を荒々しく塗り込む。

 毒の治療にはこの方法しかないと説明されたものの、口元に薄い笑みを浮かべながらの彼の治療には、悪意しか感じなかった。


「僕の方が腕がいいんだよ! だから僕がやる」


 セレスタンは不機嫌な顔でヴィルジールの前に立つと、魔狼に噛まれた肩のあたりに右手をかざした。


 ヴィルジールは思わず身構えたが、苦痛は何一つ感じなかった。

 ふわりと温かな魔力に全身が包まれたと思った次の瞬間には、肩の痛みは一切なくなっていた。


「終わった」

「……もう?」


 さっきまでまともに動かなかった左手で、右の頬に触れてみる。

 そこには痛みも傷跡もなく、滑らかな肌を指が滑っただけだった。

 身体のどこにも全く異常は感じられないし、ぱんぱんに張っていた筋肉はほぐれ、疲労感も消えている。


 治癒術の効果だけでもすばらしいが、回復術まで同時に発動させるとは。

 しかも、血と泥で汚れていた衣服まで瞬時に綺麗になっている。


「……すごいな。さすが、ドゥラメトリア最高の魔術師と謳われるだけのことはある」


 左の掌を何度も握ったり開いたりしながら称賛すると、セレスタンは「当然だ」と傲慢に言い、そっぽを向いた。


「流れた血は魔術では戻せないから、造血薬を飲んでおくといい」

「ああ。ありがとう。助かった」

「それは、こっちの台詞だ」

「……えっ?」


 足早に離れていくセレスタンの後ろ姿を見送る。

 相変わらず不機嫌そうな顔だったから、捨て台詞のようにも聞こえたが、これはもしかすると感謝の言葉なのだろうか。

 ヴィルジールが首をひねっていると、「あいつ、素直じゃないねぇ」とバスチアンが笑った。


「おい、みんなそのままで聞いてくれ!」


 団長の呼びかけに、治療中の魔術師以外は手を止めた。


「この庭園からかなりの数の魔獣が逃走している。これから手分けして討伐に向かうこととする。まずは……」


 騎士と魔術師のバランスを考えて編成された二組が発表され、城の外周をそれぞれ反対回りで捜索するよう指示された。

 建物内に魔獣が侵入している可能性もあるため、バスチアンとロランには単独で城の中を捜索するよう指示された。

 庭園には拠点を置き、パメラ他、数人が待機することとなった。


「残りの者は俺について来てくれ!」


 オリヴィエが締めくくると、騎士団の仲間とヴィルジールはすぐにその意図を読み取った。


 この計画の本隊は、この「残りの者」だ。

 逃げた魔獣の討伐は重要だが名目にすぎない。

 目的は別にある。


「リーヴィ。我々も協力しよう。手は多い方が良いだろう?」


 花壇の煉瓦に腰を下ろしていたサーヴァが、不満げに立ち上がった。

 他国の、しかも皇族であるから当然ではあるが、彼とその部下たちは作戦に組み込まれていない。


「……いいえ、サーヴァ殿下。これまでのご協力とご尽力に感謝いたします。ある程度、事態は落ち着きましたので、我々だけで充分対応できます。どうしてもとおっしゃられるのでしたら、殿下の隊にはこの庭園にお残りいただき、警備をお願いできたらと存じます」


 オリヴィエは何としてでも、サーヴァを引き離したかった。

 隣国皇子である彼には、この事態を引き起こした者の正体や、妹マルティーヌの事情を知られたくなかった。

 行動を共にすれば秘密は必ず露見してしまう。


「お前、何を隠している」


 サーヴァの声が低くなった。

 黒い瞳がまっすぐに騎士団長を射る。


「いいえ、何も。この国で起きたことですので、臣下である我々が始末をすべきです。殿下のご懸念には及びません」

「だったら、この編成はどういう意味だ。戦力が偏りすぎているではないか!」


 サーヴァはラヴェラルタ騎士団の主な面々とその実力を把握していた。

 オリヴィエが最後に言った「残りの者」は、セレスタンとアロイスを指している。

 そして、おそらくこの国の王子も入っている。


「討伐の効率を考えての編成です。他意はございません」

「そうか。それなら私もオリヴィエに同行させてもらおう。戦力になるはずだ」

「いえ。それは……」


 オリヴィエが口ごもった。


 サーヴァが一緒にいれば、マルティーヌとの合流が難しくなる。

 今後の計画が大きく狂うのだ。


「私としましても、そこまでサーヴァ殿下の手を煩わせたくはございません。これは我が国の問題ですので」


 ヴィルジールが割って入ったが、「今さらだ!」と取り合わない。


 この場でいちばんの権力者がサーヴァなのだ。

 ヴィルジールはこの国の王子ではあるが、大国の皇子である彼の妹の婿となる立場。

 強くは拒否できない。

 それに、拒否したところで、彼は勝手についてくるだろう。


「私がそう決めたのだ。異論は許さない」

「では、ありがたく、お力をお借りいたします」


 ヴィルジールは内心で舌打ちしながら、横暴な皇子に頭を下げた。

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