(2)
「殿下。さすがにやりすぎでは? マルティーヌ嬢が困っていらっしゃる」
側近とはいえ王子とは気安い仲なのか、主にたしなめるように言うと、ヴィルジールはこらえきれないように吹き出した。
「ふっ。くくくっ」
絶対に、わたしのことばかにしてる!
そう思うのに、何もできないことが歯がゆい。
今すぐ長剣を手に取って、向かいに座るいけすかない男を叩っ斬れたら、どれほどスッキリするだろう。
しかし、そんなことができるはずもなく、膝の上でドレスをきつく握りしめ、怒りと羞恥に震えながら「あんまりですわ……」と、令嬢らしく身をよじるだけだ。
「いや、すまない。先日も今日も、ひどく緊張しているようだったから、少しくだけた接し方が良いかと思ったんだけどね、あまりに君がかわいらしい反応をするから、つい」
そう楽しげに言いながらヴィルジールは椅子から立ち上がった。
「君に嫌われたくないから、今はもう退散しよう。今日の夕食時には、また会えるだろうか」
マルティーヌは俯いたまま首を激しく横に振る。
もうとっくに、あんたのことなんか大っ嫌い!
絶対にこれ以上、関わりたくない。
「そうか。では、明日も今日のようにお茶をご一緒させてもらえるかい?」
やはり首を横に振る。
礼儀のなっていない、ただのわがまま娘に見えているだろうことが情けない。
でも、どうしようもないじゃない!
「それは残念だ。ザウレン皇国から土産として持たされた品の中に、珍しい菓子があったのだが……」
珍しい菓子と聞いて、マルティーヌはピクリと反応した。
ザウレン皇国のお菓子はその味と美しさで有名だ。
ラヴェラルタ領から彼の国へぬける街道は、多くの商人が行き来するものの、珍しい品は領地を素通りし王都へと運ばれる。
そのため、辺境伯の令嬢であっても、その菓子はめったに口にすることができない。
ヴィルジールはさらに言葉を続ける。
「向こうでも食べたが、ほろほろと崩れるビスケット生地に砂糖漬けの果物とナッツがたっぷりと練りこまれていて、表面にはたっぷりチョコレートがかけられている。皇室御用達の店の品らしく、なかなか美味だったよ」
あぁ、それなら二、三年前に一度だけ食べたことがある、あのお菓子だ!
世界の美味を小さな一切に凝縮したような、濃厚な味わいが鮮明に思い出され、自然と頬が緩む。
「マルティーヌ嬢さえよかったら、明日、この部屋に持って来るのだが?」
その言葉に、頑なに俯いていたマルティーヌは思わず顔を上げてしまった。
自分を見下ろしていた深い緑の瞳が満足そうに細められる。
「そう、良かった。では、また明日。マルティーヌ嬢のお父上に正式に了解を得ておくから、心配しなくていいよ」
彼は自分勝手な返答をして背中を向けた。
そしてそのまま、スタスタを部屋を出て行こうとする。
お付きのジョエルがドアを開いたところで、マルティーヌははっと我に返った。
このままでは、明日も彼と二人でお茶をする羽目になっちゃう!
「で、で殿下…お待ち下さい!」
椅子から立ち上がり振り絞るように声をかけたが、彼は立ち止まることなくドアの外に消えた。
気の毒そうな視線を向けたジョエルも、「それでは失礼いたします」と、そのまま出ていってしまった。
かすかな音を立ててドアが閉まる。
「あ……あぁぁぁぁ。どうしよう」
マルティーヌがすとんと椅子に腰を下ろし頭をかかえると、侍女のコラリーが駆け寄ってきた。
「お嬢様、申し訳ありません! わたしが、あの方に見つかったりしなければ、こんなことには……」
聞けば、彼女が二人分のティーセットと大量のお菓子を乗せたワゴンを押してマルティーヌの部屋に向かっていたところ、たまたま彼らが通りかかったのだという。
このようなお茶のセットが準備される対象者は、この屋敷には女主人と一人娘の二人しかいない。
しかも、若い女の子が好みそうなお菓子ばかりが並んでいるから、彼らはすぐにこれが誰の元に届けられるのかを特定したようだ。
「ぜひ、お茶にご一緒させてほしい」と強引に迫られ、王子相手に侍女が拒否できるはずもなく、さっきの大惨事を引き起こした。
そして、マルティーヌが社交的にポンコツだったために、王子に易々と手玉に取られたあげく、明日の約束まで勝手にさせられてしまった。
「くそぉっ! 絶対にあの男を見返してやる」
マルティーヌはアップルパイを一つ取るとかぶりとかじりついた。
「コラリー、新しいお茶を用意してくれる? これから二人でやけ食いするわよ!」
「は、はいっ」
マルティーヌは大量のお菓子をつぎつぎと平らげた後、強い決意を持って母親の部屋に向かった。




