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囚われの皇女(1)

 誰も見ていないのをいいことに、完全にドレスを着たマルクのような顔つきで、男を肩に担いで先ほど通った通路をどかどかと逆に辿る。

 空中回廊へと続く扉を足で蹴り開け、聖結界を通り抜けるとマルティーヌは立ち止まった。


「ここからなら視えるか?」

「と……りあえず、降ろして下さい」


 肩から降ろされた彼は、脂汗をぬぐいながら、壁に背中を預けてずるずると床に座り込んだ。


「どう? 視える?」

「し……ばらく、お待ち下さい」


 マルティーヌはルフィナの居どころを尋ねたのだが、彼は戦闘中の主の姿を真っ先に探した。

 彼の目に最初に映ったヴィルジールは、右手で持った剣を肩に担ぐように構え、背中を向けて立っていた。


 ああ、よかった。

 ご無事だ。


 両足でしっかりと立つ主の後ろ姿に安堵した次の瞬間、彼はくるりとこちらに振り向くと同時に、鋭く剣を振り下ろした。

 彼の顔半分は真紅に染まり、双眸はぎらりと光る。

 その形相の迫力たるや。


「ぎゃっ!」


 強度の遠視術を併用していたジョエルは、自分が斬られたかのような錯覚に陥り、思わずのけぞった。

 ごつりと鈍い音がし、壁に後頭部をしたたかに打ち付けた彼は、後ろ頭をかかえて唸る。


「どうしたんだ。何が視えた!」


 彼の尋常でない様子に、マルティーヌは不安にかられた。


「い……っ、たたたた……」

「おいっ。ジョエル! ルフィナ皇女の身に何かあったのか」

「……いいえ、違います。申し訳ありませんが、ルフィナ皇女殿下より先に、我が主の様子を視たのです」

「えっ。まさか……」


 ジョエルの主はヴィルジールだ。

 この慌てようは、彼の身に何か起きたのかもしれない。

 不吉な想像が頭の中に生まれ、息を飲む。


「ヴィルジール殿下がどうかしたのっ! 彼は無事?」

「もう少し、時間を……」


 ジョエルは目を細めて、ヴィルジールの姿をさらに探った。


 彼の血まみれの右頬に、大きな爪に引き裂かれたらしい傷が数本あった。

 衣服も血みどろのため、どこが負傷しているのかは分からないが、左腕を全く使わずに戦っているから、左腕か肩を負傷しているようだ。


「大丈夫です。多少の怪我はされているようですが、ご無事です」


 実際には『多少の怪我』ではすまないようだが、ジョエルはそう答えた。

 彼女にいらぬ心配をかけさせては、後で主からお叱りを受けそうだと考える。


「そっか、良かった。他のみんなはどう?」

「そうですね……」


 ジョエルは標的視術で騎士団の面々を確認し、その都度マルティーヌに無事を知らせていく。

 彼らはまだ激しい戦闘の中にいたが、魔獣の数はかなり減っている。

 ざっと見た限り、双頭熊は三体、黒魔狼は十数体。


「あ……れ? ああ、そういうことか」

「何? どうしたの」


 ジョエルは念のため、もう一度セレスタンの様子を確認した。

 これまでずっと、魔法陣の調査のために這いつくばっていた彼は、今は立ち上がって右手を前に突き出している。


「無事、魔法陣を処理できたようですね。セレスが攻撃に参加していますし、魔獣の数が明らかに減っています。これなら、あとしばらくで殲滅できそうです」

「本当? ああ、良かった! それなら、あっちはもう心配はいらないな。じゃあさ、次はルフィナ皇女を探してよ」

「はい」


 ジョエルは先ほどと同じ要領で皇女の姿を探した。

 彼女は国賓であるから、城内のいちばん良い部屋を充てがわれているだろうと見当をつけたが、そこに姿はなかった。

 捜索範囲を広げて、客室のある建物を一通り視てみたが、やはり彼女はいない。


「少なくとも、客室にはいらっしゃらないようですね」

「避難したとしても攫われたとしても、安全な場所にはいるはず。庭園から遠くて、安全を確保しやすい場所ってどこだろう。ジョエルだったら、大聖堂以外のどこに彼女を連れて行く?」

「私でしたら……」


 マルティーヌの言葉でしばらく考え込んだジョエルが、ふっと視線を高く上げた。

 ドゥラメトリア城の主な部分は五階建であるから、その高さまでしか視ていなかったが、城にはもっと高い場所があったのだ。


「いた! いらっしゃいました! 近いですっ!」


 ジョエルの目にはっきりと映ったのは、膝を抱えて顔を伏せ肩を震わせる黒髪の少女の姿。

 どのみち顔は見えないから、知らなくても全く関係がなかった。


「どこ?」

「ここから見て左手にある監視塔の上です」


 ジョエルが差した人差し指と首の角度から、その塔はかなり高さがあることが分かる。


「塔の上ってことは、避難した訳じゃなさそうだな」

「そうですね。泣いていらっしゃるご様子でした」

「そっか……」


 塔は入り口さえ封じれば、外部から侵入することが難しく警備が容易だ。

 そして、中に囚われた者は逃げ出すことができない。

 逆に言えば、封じた入り口さえ突破できれば、囚われの姫の救出は難しくない。


「よし、行こう!」


 マルティーヌは決心したように言って、またジョエルを担ぎ上げようとする。


「や、やめてくださいっ。さすがに、もう駄目です。城の中で、もし誰かに会ったら……」

「ああ、流石に恥ずかしいか」

「そうじゃなくて……いや、それもありますけど、病弱令嬢が男を担いでいるところを誰かに見られたらまずいでしょう」

「……たしかに」

「少しは回復しましたから自分で歩けます。貴女は病弱なのですから、私と一緒にゆっくり歩いて下さい。それから、言葉遣いにはお気をつけ下さい」


 急に形勢逆転された気がして面白くなかったが、ジョエルが言うことはもっともだ。


 城内に入ったら淑女でいなければならない。

 しかも病弱の。


「…………ええ。分かりました、わ」


 マルティーヌはドレスをぱたぱたとはたき、もつれた髪を指で梳いた。


「では、参りましょう」


 ジョエルは空中回廊の壁に手をついて立ち上がった。

 そのまま、そろそろと壁伝いに歩き始める。


 城内へと続く扉は、今は閉じられている。

 その向こうには衛兵が二人いるはずだ。


「さあ、開けますよ」


 ジョエルが右手の扉に手をかけると、手前に引いた。

 扉の両側を守っていた衛兵が、扉から出て来た男に視線を向けた。


「ジョエル様お一人ですか。先ほど、ブリュノ様たちがそちらに向かったはずですが、お会いしませんでしたか?」


 どうやら王太子の親衛隊長は、空中回廊を渡る前に、彼らにジョエルの所在を確認したようだ。


「いや。知らないな。何かあったのか」

「そこまでは存じ上げませんが、お急ぎのようでした」

「そうか」


 彼らが話していると、もう一枚の扉がいきなり開いた。

 その隙間から、エメラルドグリーンの影が滑り出す。


「…………う」


 微かなうめき声をあげた二人の衛兵は、一秒にも満たないほどの差で床へと崩れ落ちた。


「まぁ、お二人とも、どうなさったのかしら?」


 白々しい台詞で振り返ったマルティーヌの左手には白い長手袋が握られ、人指し指を立てた右手は素手だった。

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