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「くそっ! まだか」


 必死に伸ばした指先は何も察知できない。


 あと髪の毛一本分ほど先に進めばたどり着ける……かもしれない。


 セレスタンはそう信じて、目の前で体を張って身を守ってくれる男たちの足の隙間から、踏まれそうになりながらも必死に手を伸ばす。

 しかし、目的の魔法陣の外周にはたどり着けなかった。


「セレス、どうだ! まだ見つからないか!」

「うっさいな、リーヴィ! 見つかったら聞かれなくてもそう言うんだよ! 気が散るから黙っててくれ!」


 噛みつくように叫び返したセレスタンの頬に、生臭い血が飛び散った。


 仲間たちの猛攻で魔獣の数は減ってきた。

 じりじりと、魔獣の出現地点に近づいている。

 しかし、一瞬も気を抜けない戦闘が続いており、全員が肉体的にも精神的にもかなりの消耗を強いられていた。


 このまま魔法陣が見つけられなければ、力尽きて劣勢に転じる。

 一度退いたら最後、人間に勝ち目はない。


「おりゃっ!」

「そっちに行ったぞ! 逃すな!」


 気合いと怒号、激しい剣戟の音が飛びかう。

 一瞬で間を詰めてくる鋭い牙と爪をかいくぐり、急所を狙う。

 人がいない場所へは矢の雨が降りそそぐ。

 石畳にはおびただしい血だまりができ、暗がりには魔獣たちの死骸が積み上がっていった。


「はああっっ!」


 斜め後方から飛びかかってきた大型の黒魔狼を、ヴィルジールが下からはたき落とすように斬った。

 悲鳴を上げて落下した漆黒の体が、目の前を一瞬塞いだ直後、その向こうにぎらりと光る二つの赤い瞳が見えた。

 不自然な体勢で剣を振るったせいで、ヴィルジールの背後にできたわずかな隙。

 仲間の死骸の陰に潜んでいた獣は、一瞬開いた道の先にいた人間をまっすぐ狙っていた。


「セレス、危ないっ!」


 魔法陣の捜索に全魔力と集中力を注ぐ彼は、完全に無防備だ。

 ヴィルジールはとっさに左手を伸ばし、隙間を埋めるように後方に体を投げ出した。


「ヴィルっ!」


 セレスタンを狙って大きく開かれた黒魔狼の口は、その前に滑り込んできた男の肩を捉えた。

 防御術を使う余裕もないまま、鋭い牙が恐ろしい圧力で肩の前後に突き刺さる。

 どう猛な狼は獲物を食いちぎろうと体を大きく捻った。


「うっ……ぐあぁぁっ」


 ヴィルジールは石畳の上を狼と共に転げ回りながら、深く刺さった牙を振りほどこうと試みる。


 しかし、黒魔狼は決して獲物を放そうとしない。

 相手の抵抗を弱めようと、鋭い爪で顔を切り裂いていく。

 地に落ちた人間の姿を見て、明らかに好機と判断した狼たちが次々と飛びかかってきた。


「くそっ! させるかよ!」


 先ほどヴィルジールに窮地を救われたロランが、必死に剣を振るって応戦する。

 数頭の獣が、城壁の上から放たれた矢に射抜かれ、空中で力尽きた。


「殿下っ! 動かないでください!」


 その声と同時に、ヴィルジールの上半身に重い衝撃が落ちてきた。

 次の瞬間、肩に埋め込まれていた牙ががばりと外れ、黒魔狼が夜空を仰いで断末魔を上げた。


「ご無事ですか!」

「う…………。ああ、すまない」


 ひりつく頬を手で押さえて顔を向けると、そこにいたのはアロイスだった。

 血に染まった短剣を逆手に握った彼は、反対の手で生き絶えた骸を引き剥がして脇に投げ捨てた。

 その後、ヴィルジールの手を引いて上体を起こさせる。


「ひどい怪我だ」

「いや。このくらい、大したことはない」

「セレスをかばっていただいてありがとうございます。今、魔術師を……」


 そう言いながらアロイスは周囲を見回した。

 最強の治癒術の使い手であるセレスタンは魔法陣の捜索から離れられないし、二番手のパメラはまだ到着していない。

 他の二人の魔術師は攻撃に加わっており、少し離れた場所にいた。


「殿下っ! 一度引いて休んでください!」


 オリヴィエも何が起きたのかは把握していたが、仲間たちと共に二体の双頭熊を同時に相手しており、その場から動けなかった。


「とりあえず、応急処置だけでもしましょう。バスチアンなら近くに……」

「いや。今は治療より、魔法陣を探すことが先決だ」


 バスチアンを呼び寄せようとしたアロイスを制して、ヴィルジールは立ち上がった。


「くっ……」


 少し力を入れるだけで左肩に激痛が走るが、致命傷ではない。

 魔獣の爪に切り裂かれた頬から首へと、生温かいものが伝っていく。

 幸いなことに目は無事だ。


「利き腕は無事だからまだ戦える」

「……そうですか。傷口に強化術をかけると、いくらかは出血が抑えられます」

「なるほど。分かった」


 アロイスは王子の無茶を止めなかった。

 近くに落ちていた長剣を拾い上げると、手渡した。


 きっと、あと一頭仕留めれば。

 あと一秒堪えれば、魔法陣が見つかる……かもしれない。

 永遠とも思える一秒を必死に積み重ねるように、剣をふるう。

 負傷をおして戦っている者も多く、全員が血みどろでぼろぼろだった。


 庭園へと飛び出してから、どれくらい時間が経っただろう。

 それは、唐突に起きた。


「あっ!」


 必死に伸ばしたセレスタンの指先から、光の線が左右に伸びた。

 それは、途中で様々な図形や文字を浮かび上がらせながら石畳の上を走り、ずっと遠くで一つに繋がった。


「おおっ! 見えた! 魔法陣だ!」

「うおーっ! やったぞ!」


 魔獣と交戦しながらも、周囲から歓声が上がる。


 この魔法陣を破壊すれば、魔獣の出現が止まるのだ。

 ようやく、人間側の勝利が見えてきた。


「くっそぉ、苦労かけさせやがって!」


 セレスタンの背中から、怒りに任せた凄まじい魔力が湧き上がった。

 それは魔法陣の中央に渦巻くおぞましい魔力をはるかに凌駕する。

 これまで何度も戦闘を共にしてきた仲間たちも初めて目にする、最大級の魔力が魔術師の右手に一気に凝縮されていく。


「やばい! 総員退却! みんな魔法陣から離れろ! 巻き込まれるぞ!」


 オリヴィエが必死に叫ぶ。

 魔獣と交戦中の者たちはとっさに後方に跳びのき、身を低くして全身に最大限の防御術を施した。


 セレスタンは匍匐前進し、魔法陣の円周に手のひらを激しく叩きつけた。


「こんなもの、こうしてくれるっ!」


 魔法陣の文様に沿って稲妻に似た青い火花が爆ぜると、描かれた線は一瞬でずたずたに焼き切れた。

 同時に、強烈な閃光は魔法陣上にいた魔獣たちを貫き、黒くくすぶる消し炭に変えてしまった。

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