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魔獣の襲撃(1)

「えっ。何?」


 ほぼ同時に感じたのは、重い地響きと、木々がなぎ倒されるような破壊音。


 あちこちから悲鳴が上がり、人々の目が外へと通じる扉へと向いた。

 扉の向こうは夏場であれば大規模な野外パーティーやお茶会も行われる、美しく整備された大規模な庭園が広がっている。

 冬場のため扉は閉ざされており、外の様子は全く見えない。

 しかし、その向こう側では明らかに異変が起きていた。


「あれは……まさか、魔力か?」

「いやぁぁ! 怖いっ!」

「何が起きてるんだ。こんな強い魔力は初めてだ」


 貴族たちの多くは魔力持ちだ。

 建物の外に突如発生した想像を絶する強力な魔力を、はっきりと感じ取っていた。

 魔力を持っていない者でも、何かを破壊するような音や、城全体を震わせるような振動は感じ取れる。


「早く逃げろ!」

「きゃぁぁぁぁ!」


 真っ先に逃げ出したのは魔力なしか、魔力をあまり持たない者たちだ。

 ある程度の魔力を持った者たちは、経験したことのないおぞましい魔力に足がすくみ、その場から動けなかった。

 恐怖のあまり気を失った者すらいる。


「ヴィルジール殿下。まさか、これって……?」

「ああ。『死の森』の奥で感じたものと同じ類のものだ……な」


 『魔王城』があったとされる森の最奥で突如発生した巨大な魔力。

 その魔力は、空中に漆黒の穿孔を生み出し、その穴から巨大な百足が這い出してきた。


 今感じる魔力の質も規模も、あの時と似ている。

 扉一枚隔てた向こうに、『死の森』があるのかと思うほどだ。

 魔力を研ぎ澄ませると、巨大な魔力の塊の他に、複数のうごめく魔力を感じる。


 まさか、魔獣が召喚されている——?

 しかも、最大クラスのやつが複数。


 肌がざわりと粟立つ。


「俺、ちょっと見て……」

「おいっ、待て!」


 マルクの顔をして走り出そうとするマルティーヌの腕をヴィルジールが掴んだ。

 高いヒールのせいでぐらついた身体を強引に引き寄せて腕の中に収めると、手で口をふさぐ。


「う……むぐっ……」

「だめだよ、マルティーヌ嬢。そこからは逃げられないよ」

「む……っ、くっ」


 どうして止めるんだよ!

 外には間違いなく魔獣がいるのに。

 俺が行かなきゃ、被害者が大勢出るかもしれないのに!


 ヴィルジールを睨みつけ、身体強化でからみつく腕を振りほどこうとすると、彼も最大限の身体強化を使って拘束を強めた。

 そして、耳元で甘く囁く。


「だめだよ。マルティーヌ嬢は体が弱いのだから無理をしてはいけないよ。私の腕の中でじっとしてて。いい子だから、私を心配させないでくれ。マルティーヌ嬢。落ち着いて、私の言うことを聞いておくれ」


 そうか。


 彼の『マルティーヌ嬢』という名を強調されての説得に、ようやく冷静になった。


 ここで飛び出して行ったりしたら、これまでの苦労が台無しになっちゃう。

 だってまだ、敵の正体が分からないんだから——。


 マルティーヌが冷静になったことに気づき、彼は腕を緩めた。

 口を封じていた手は外してくれたものの、マルティーヌを抱きしめたままでいる。


「ようやく理解できたかい? 君は本当に困ったじゃじゃ馬娘だね。魔獣には私やラヴェラルタの仲間たちが対応するから、このままか弱い令嬢を続けていてくれ」


 彼があまりにも近すぎて、小さく首を縦に振るだけで答えると、兄たちが駆け寄ってきた。


「マティ!」

「マルティーヌ嬢! 大丈夫ですか」


「ああ、彼女は無事だよ」


 別方向から「ヴィルジール殿下、ご無事ですか!」とジョエルも走ってきた。

 彼は今回はヴィルジールの側近ではなく、招待客側だったようだ。

 貴族らしく着飾っている。


「セレス。今、外はどうなってる」


 オリヴィエがセレスタンに真剣な目を向けた。


「んー。いつか見たような巨大な魔力の塊。でも、宙には浮いている感じはなくて、ずっと低い位置にあるね。それから、魔獣の魔力が大小合わせてかるーく十体以上。魔力の塊は成長しているし、魔獣も増え続けているみたいだ」

双頭熊ドゥオウーサが四体。どれも『死の森』で目撃したものより大きな個体です。それ以外は、黒魔狼ニジェルプスが五体ほど。あっ、今、双頭熊が一体増えました」


 ジョエルが標的視術を使って、魔獣の種類を特定した。


「双頭熊か。これ以上増えると厄介だな。今、外に誰か来てるか」


 その言葉にジョエルは再度目を細めた。

 庭園方向に細かく視線を動かして仲間達の姿を探す。


「クレマンとロランが交戦中。バスチアンの姿も視えますが、距離を考えると彼はおそらく城壁の向こう側です」


 城内から外の様子を探っていると、長い衣装をまとった男が数人、庭園に抜ける大きな扉から外へと出て行った。

 一人は紫の衣、残りの者は黒。


 獣臭い冷たい外気がひゅうと入ってくると同時に、周囲からはさらに悲鳴が上がった。


「サーヴァ殿下に遅れをとったか。我々も出るぞ! ヴィルジール殿下、武器の調達を頼めますか」


 オリヴィエが自分の左腰を叩きながら言う。


 舞踏会の会場には武器は持ち込めないから全員が丸腰だ。

 様々な武器を馬車に隠して運び込んではあるが、そこまで取りに行く時間が惜しい。

 こうしている間にも、外から伝わる恐ろしい魔力は際限なく膨れ上がっていく。


「どうせ警備の騎士や兵は、魔獣に怖気付いて役に立たない。俺の名前を出して適当に剣を奪って構わない」

「わかりました。戦闘の指揮は私が執らせていただきます」

「ああ、任せた。俺も頭数に入れてくれ」


 仲間たちが精神的な臨戦態勢を整えていく中、マルティーヌが強い瞳で団長を見上げた。


「わたしは残ればいいんだよね?」


 双頭熊は二つの心臓を止めなければ倒せない難敵。

 そして、黒魔狼は魔狼の中で最も俊敏な手強い相手だ。

 ラヴェラルタの精鋭とヴィルジールが揃っていても、おそらく苦戦するだろう。


 でも、今は俺の出番じゃない。


「ああ、お前は切り札だからな。魔獣ぐらい俺らに任せておけ」


 オリヴィエはにっと笑うと、妹に拳を向けた。

 マルティーヌは「おう!」と応えてマルクの顔になると、兄の拳に自分の拳をこつりと当てた。


「どこに逃げたらいいんだ。ああ、もう絶望だ」

「王立騎士団は何をやってるんだ! 早く魔獣を始末しろ」

「あなたっ! あなた、どこなの!」


 周囲は泣き叫び、逃げ惑う大勢の人々で大恐慌状態になっている。

 『ラヴェラルタの秘された花』と呼ばれる病弱令嬢が、らしくない振る舞いをしても、誰も気にとめることはなかった。


「アロイス。お前はマティについていてくれ。病弱令嬢を一人にするわけにはいかない」

「いや、しかし、私が抜けて大丈夫なのか? 魔獣の数が多すぎる」


 アロイスが庭園へ抜ける扉を横目で見ながら冷静に言う。


 規格外の戦闘力を持つマルティーヌを温存した上、騎士団トップクラスの実力のアロイスまで抜けるとなると、さらに厳しい戦いとなるだろう。

 大抵の荒事はマルティーヌ一人で対応できるのだから、アロイスは過剰戦力だ。


「わたしは一人でも大丈夫だから行ってよ!」

「だが、お前を一人にするのは不自然すぎる」


「だったら、ジョエルを彼女の護衛として残そう」


 ヴィルジールが側近に目を向け提案する。


「なるほど。それは良いかもしれない」


 ジョエルはそれなりに腕は立つが、巨大魔獣を相手にするには実力不足だ。

 『死の森』への遠征の時も、後方に下がっていることが多かった。

 巨大魔獣が複数出現している今の状況では、討伐に参加しても足手まといになる。


「彼なら標的視術を使って、こちらの戦況を彼女に伝えることができる。私の側近で身分も高いから、城内を動きやすいだろう。ジョエル。マルティーヌを避難させるふりをして二人で魔王を探ってくれ」

「承知いたしました」


 図面でしか城内の配置を知らないマルティーヌには、彼は最適のガイド役だ。

 先ほど、ヴィルジールと仲睦まじく踊っているように見えたことで、王子の側近がマルティーヌの護衛についても不自然はない。


「マティ。くれぐれも正体を知られないように気をつけろ。お前は、あくまでも病弱令嬢なんだからな。剣も体術もぎりぎりまで使うな。使っていいのは指一本と、それだけだ」


 オリヴィエは妹の胸元を指差した。

 マルティーヌは、豪華なネックレスの中央でひときわ輝く大粒のエメラルドをぎゅっと握る。


「分かってる。うまくやるから」

「よし、出るぞ! 俺らは召喚された魔獣を倒す」

「僕は魔法陣を無効化させることを優先するから、攻撃は任せるよ!」

「おう! 急ぐぞ!」


 ラヴェラルタの男三人とヴィルジールが扉に向かって駆け出した。

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