表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください  作者: 平田加津実
第1章 ラヴェラルタ家の令嬢は病弱である
17/210

屈辱のお茶会(1)

 マルティーヌの自室の小さなテーブルの中央に、一昨日少ししか食べられなかった、屋台のアップルパイがたっぷり盛られた皿が置かれていた。

 これは侍女のコラリーに頼んで市の最終日に買ってきてもらったものだ。

 テーブルの上は他にも、市で一緒に買ってきてもらったドライフルーツが乗った素朴な見た目のクッキー、色とりどりのキャンディーとヌガーが詰まった瓶、ラヴェラルタ家特製のケーキやムース、二人分のティーセットなどでぎっしりと埋め尽くされていた。


 だけど、どうしてこうなったの?


 マルティーヌは部屋の隅で居心地悪そうにしているコラリーに、咎めるような視線を向けた。

 本当なら彼女は、テーブルを挟んで向かいの席に座っているはずだったのに、その席に座り優雅な所作でお茶を口にしているのはヴィルジール殿下なのだ。

 この日の彼は、先日挨拶をした時と違って前髪を下ろし、シャツのボタンも二つほど外したラフな格好をしていた。

 彼の側近のジョエルも、コラリーとドアを挟んだ反対側の壁際に控えている。


「どうした。食べないのかい?」


 一昨日と違う、少し砕けた甘い口調。

 兄たちが「女ったらし」と揶揄したそのままの雰囲気に圧倒される。


「えっ……あのっ……」

「具合が悪いと聞いていたんだが、これだけの菓子を用意するくらいだから、もう大丈夫そうだね。安心したよ」


 ヴィルジールはカップを静かにテーブルに戻すと、皿に盛られた小型のパイを一つ手に取った。


「これは王都では見ないお菓子だね。あぁ、アップルパイだったのか」


 彼が手でパイを二つにちぎると、サクッと軽い音がした。

 崩れた細かなパイ生地が白いテーブルクロスに落ち、ふわりと甘い香りが漂う。


「わ……わたくし、アップルパイが好き、なんです」


 とにかく何か話さないとと思って、なんとか口を開くと、彼は「そう」と微笑む。

 そして、少し腰を上げて、半分のパイを持った右手をマルティーヌの目の前に差し出した。


「え?」

「これが好きなんだろう? 食べないのかい?」


 これは食べろということ?


 マルティーヌは驚きに目を見開いた。


 兄二人なら普通に同じようなことをしてくるのだが、相手はこの国の王子だ。

 洗練されたマナーの達人であるはずの彼が、手づかみで貴族令嬢にお菓子を食べさせるなんて、どうなのだろう。


 これは食べるのが正解?

 そのままかじりつけばいい?

 それとも断るべき?


 でも、どうやって?


 これまで習ってきた作法とは大きく逸脱した王子の行動に、頭の中は大混乱だ。


 誰か助けて!


 マルティーヌは助けを求めて、再度コラリーに視線を送った。

 その意味を察して、彼女は誰か家の者を呼びに行こうとドアの取っ手に手をかけた。

 しかし、彼女に背を向けて座っているヴィルジールが、彼女の動きを察して牽制する。


「あぁ、君はこの部屋にいてくれないか。私の側近がいるとはいえ、未婚の令嬢と部屋で二人きりでは、何かと問題もあるだろうからね」

「は、はいぃぃっ」


 王族と接する機会などない侍女は、びくりと固まった。


 そんな未婚の令嬢の私室に勝手に押しかけておいて何を言うか! とマルティーヌは思う。


 思うけど……言えない。


「ほら、早く食べないと、中の林檎が落ちてしまうよ」

「でも……」

「ほら、早く。いちばん美味しいところが台無しになってしまう」


 彼が指先に軽く力をこめると、たっぷり詰まった果肉がパイの間から押し出されてくる。

 指先ほどの大きさの黄金色のかけらが、ゆっくりと手前に傾いてきた。


「わあっ!」


 もうどうにでもなれという気分で、差し出されたパイに口をつけた。

 大口を開けないと全部は食べられない大きさだったから、半分ほどをかじりとる。


「いい子だね」


 彼は満足そうに笑うと、手に残ったパイを何のためらいもなく自分の口に放り込んだ。


 うそっ! それ、わたしのかじりかけなのに。


「うん。素朴な味だけど、悪くないね」


 彼はそう言うと、マルティーヌを見つめながら、指先についたバターをぺろりと舐めた。

 王子だとは思えないほどお行儀悪く、そして艶めかしく。


「あ……、あああ、の……っ」


 この王子は一体何をやっているの?


 もうどう反応して良いか分からず、顔だけが赤くなって硬直していると、部屋の隅にいた側近のジョエルがヴィルジールに近づいてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=2706358&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ