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(2)

 サーヴァ皇子は隣国ザウレン皇国の第三皇子。

 年齢は三十歳を超えていると聞くが、まだ未婚のため、ドゥラメトリアの貴族たちが必死に娘を売り込もうとしているようだ。


 彼は皇族でありながら魔獣狩りを趣味にしており、ハイドリヒ騎士団とラヴェラルタ騎士団の共同演習には、彼も参加することが多い。

 ラヴェラルタ兄弟やマルク、アロイスとは顔なじみである。


「サーヴァ殿下がいらっしゃるのなら、ご挨拶に行かないとならんな」


 オリヴィエが不安そうにマルティーヌの顔を見た。


「え? なに? サーヴァ殿下は知ってる人だし大丈夫だよ」

「大丈夫じゃないだろ。会ったことがあるのはマルクで、マルティーヌじゃない」

「あ……やば」

「ボロが出ないように、挨拶以外は極力黙っていろよ」

「うん。分かった」


 オリヴィエら四人が移動すると、周囲の貴族が道を開けるように離れていく。


「おお。リーヴィとセレスじゃないか! アロイスまでいるのか。久しいな」


 サーヴァから親しげに声をかけられ、周囲がどよめいた。

 ラヴェラルタ兄弟はまだしも、ドゥラメトリアの社交界では一切顔が知られていなかったもう一人の男までが、隣国の皇子に認識されていたのだから。


「しばらくぶりでございます。サーヴァ殿下におかれましては……」


 四人が膝を折り、オリヴィエが代表して挨拶しようとすると、皇子がすっと右手を挙げる。


「いい、いい。そういう挨拶には、さっきからうんざりしていたんだ。それにしてもめずらしいな。お前たちとこんな場で会うとは。ずいぶんと、めかしこんでいるではないか。見違えたぞ」


 皇子はオリヴィエに近づいてくると、親しげに肩を叩いた。


「私どもも、殿下の艶やかな民族衣装姿を拝見できて大変光栄にございます。今日の舞踏会には、妹が招待されましたので、付き添いで参りました」

「妹?」


 サーヴァの視線が向いたため、マルティーヌがドレスの裾をつまみ、ふわりと頭を下げる。


「お初にお目にかかります。ラヴェラルタ辺境伯が娘、マルティーヌ・ラヴェラルタと申します」

「ああ。そなたが、リーヴィらが溺愛してやまない妹御か。固くならなくても良いぞ。そなたの兄たちとは懇意にさせてもらっているからな。顔を上げてくれないか」

「恐れ入ります」


 顔を上げると、皇子がじっと見つめてくる。


「ふむ、なるほど。彼らが森に隠したくなるのも分かるな」


 習慣が違うのか性格の違いなのか、サーヴァは背中が痒くなるような美辞麗句を言わないし、手を取ったりもしなかった。

 だから逆に、どう対応して良いか分からない。


 どうしよう……。

 こんなタイプの人、しかも隣国の皇子なんて全然想定してなかった。


 見透かされるような視線に不安を覚え、とっさに「恥ずかしいですわ」と顔を伏せた。


 でも、多分これで正解。


「ああ、淑女を相手に不躾だったな。すまない。どうも、初めて会った気がしなくてね。どこかで……ああ、違うな。セレスによく似ているのか。いや、それ以上にマルクに似ているんだな。背格好も同じくらいだし、あいつにドレスを着せたように見える」


 片目をつぶった冗談めかした言葉に、四人揃ってギクリとなった。


 サーヴァは合同演習でマルクと初めて会ったとき、「魔力がないのなら、危険だから帰りなさい」と心配してくれた人だ。

 魔力がないとみると小馬鹿にする男が多い中、彼だけは気遣いを向けてくれた。

 今ではマルクの実力を認め、可愛がってくれているが、その分、彼と接する機会は多かった。


 ドレスを着たマルクという例えは正解だ。

 まさか、気づかれている——?


 マルティーヌが不安で顔が上げられないでいると、セレスタンが取りなそうとする。


「僕とマルティーヌは似ているってよく言われるのですよ。マルクとは従兄弟ですので、似ているかもしれません。彼は小柄で年も妹と同じですし……」

「ははは。あんな生意気な小僧と一緒にされては迷惑だよな。マルティーヌ嬢?」

「いえ、そんなことは……」


 同意を求められ、あいまいに誤魔化す。

 どうやら、似ていると思っただけで、同じ人物だとは疑ってはいないようだ。

 少しほっとして視線を上げると、皇子は『死の森』で会った時と変わらない気さくな笑顔を見せていた。


「して、お前たちも私に彼女を売り込みにきたのか。マルティーヌ嬢だったら私も歓迎し……」


 そう言いかけて、彼の視線はアロイスに向く。

 そして、アロイスとマルティーヌの間に何度か視線を走らせながら、大げさに肩を落として見せた。


「……と思ったが、なんだ、売約済みだったか」


 ヴィルジールが用意した揃いの装いは効果抜群だった。

 何も説明しなくても、二人を婚約者同士に見せている。


「そうなのですよ。つい先日、婚約を結びまして……」


 オリヴィエが弁解するように答えると、サーヴァは今度はアロイスの肩に手を置いた。


「そうだったか。アロイス、君はなんと素晴らしい婚約者を得たものだ。リーヴィとセレスも、妹御の相手が其方ならば安心だろう。いや、二人とも、おめでとう。近いうちに私から祝いの品を贈るとしよう」

「皇子殿下に祝っていただけるとは、恐悦至極にございます」


 アロイスが丁寧に頭を下げるので、マルティーヌも「ありがとう存じます」と膝を折った。


 他の招待客たちは遠巻きにしながら、隣国の皇子とラヴェラルタ家の親しげなやりとりに聞き耳を立てていた。


 二人が婚約者同士だと明確になったことにより、ヴィルジール王子と辺境伯令嬢との噂が明確に否定され、落胆する者と喜ぶ者がいた。

 隣国皇子との親密な関係を目の当たりにし、これまでラヴェラルタ辺境伯家を卑下していた者たちの見る目が変わった。

 皇子が賞賛したことで、これまで誰も知らなかったアロイスの名とダルコ子爵家についてもささやかれている。


 大らかな性格のサーヴァは、大国の皇子ということもあり些事に気をかけない。

 いや、何か思うところがあって、こんな物言いをするのかもしれないが、ラヴェラルタ家にとっては、ありがた迷惑な広告塔のようになっていた。


 しばらく五人で談笑していると、皇子の側近が近づいてきた。


「殿下、お時間です」

「ああ、もうそんな時間か。そうだ、アロイス。後で婚約者殿に一曲お相手願っても良いだろうか。マルティーヌ嬢と踊りたがる男は多いだろうから、予約をしておかないと」

「はい、ぜひ。光栄にございます」


 そう答えるしかないアロイスは、にこやかに承諾した。


「では、また後ほど」


 軽く手を挙げ、長いローブの裾を翻して隣国皇子が去っていく。

 途中で声をかけて来た貴族らをいなして堂々と歩く後ろ姿を見送りながら、マルティーヌの足は震えていた。


「ま、まって……。わたし、サーヴァ殿下と踊るの?」

「……そうだな。そうするしかないだろう」

「そんなぁ……。マルクだってバレたらどうするの? もし、殿下の足を踏んじゃったら? プレッシャーが大きすぎる」


 彼とは『死の森』で何度も共闘したことのある仲だ。

 魔力が高く、剣だけでなく槍や弓までこなし、大国の皇子にも関わらずそれを感じさせない気さくさでラヴェラルタの騎士たちからも慕われている。


 でも、彼と会うならマルティーヌじゃなくてマルクが良かった。

 ひらひらしたドレスじゃなく泥まみれの隊服。

 きらびやかな王城のホールではなく鬱蒼とした『死の森』で、ダンスじゃなくて魔獣狩りをしたかった。


 ただでさえも注目されてるのに、皇子と踊ったら周囲の貴族たちからどんな目で見られるか。

 そして万一、失敗でもしたら……。


「リーヴィ兄さま」


 情けない視線を向けると、長兄はひきつった笑顔を返す。


「大丈夫だ。サーヴァ殿下はお優しいから、足くらい踏んだって許してくださる。うん」

「セレス兄さまぁ〜」

「アロイスと踊るときに、思う存分足を踏んでやればいいから。そうしたら、サーヴァ殿下の時は失敗しないだろ?」

「それは慰めになってない。ねぇ、アロイス」

「私の足は丈夫だから……ね」


 上目遣いで懇願しても、誰一人、「踊らなくていい」とは言ってくれなかった。


 サーヴァ自身は優しい人だから、「体調が悪い」とでも言えば、笑って許してくれそうだ。

 多分、足を踏んでも大丈夫だろう。

 けれど、周囲の目と貴族の常識が彼を皇族たらしめる。

 彼からのアプローチを断ることや失敗することは、周囲からも自らの立場からも許されない。


「ああぁぁぁ……もう、やだぁ。想定外すぎる」


 マルティーヌは両手で顔を覆ってうつむいた。

 すると周囲からは、ちらちらと盗み見られる。


「おや、どうしたのだろう。慰めて差し上げたい」

「ずっと病弱で引きこもっていた令嬢だから、疲れたのでは?」

「大事にされすぎて、我儘に育ったんだろう」


 弱々しく肩を震わせる儚げな美少女を囲んで、三人の男たちがおろおろしている。

 遠巻きにしていた周囲からはそんな風に見えていた。

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