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(2)

「殿下のご厚意を無下にすることはできない。お前は気に入らないだろうが、頂いたドレスを着ないわけにはいかないよ。ダンスも……誘われたら、お受けしないと」

「そんなぁ。リーヴィ兄さま! セレス兄さま!」


 いつも妹には激甘の兄たちも、気まずそうに視線を逸らした。


 もう決定事項なのだ。

 ヴィルジール第四王子殿下を連想させるドレスを着ることも。

 彼と踊ることも。


 考えるだけで顔から火が出そう。


「うわぁぁぁ……」


 両手で顔を覆って呻いていると、父親が遠慮がちに声をかけてくる。


「それから……な、予想していたことだが、もう一つ悪い話があって……。まぁ、とりあえずソファに座りなさい」

「そんな冷たいところに座っていないで、ほら、こっちにおいで」


 オリヴィエが手を引いて立たせてくれた。


 ソファに収まると、セレスタンが「さ、元気を出して」と、テーブルの上に置かれていた箱のリボンを解いた。

 蓋を開けると、中にびっしり詰まっていたのは一口大の球形のチョコレート。

 粉砂糖や金粉がまぶされているものや、ナッツやドライフルーツが飾られているものもあり、一つ一つが芸術品のようだ。


「えっ、なに、綺麗! おいしそーっ!」


 さっきまでの憂鬱な気分があっという間に吹き飛んだ。


「これは、旅疲れで寝込んでいるマルティーヌへのお見舞いだそうだ。この箱もこれも、薔薇の花束も」

「あ……そう」


 テーブルの上には今開けた箱の他に、リボンがかけられた箱が二つあった。

 これらの中身も間違いなくお菓子だ。


 誰から……なんて聞かなくても分かる。

 なんとかの一つ覚えのように、また、お菓子でご機嫌を取ろうとしてるんだ。


 腹立たしくはあるが、目の前の甘い誘惑には勝てなかった。


 お菓子には罪はないもんね。

 悔しいけど、あいつが選んだお菓子はおいしいに決まってるし。


 マルティーヌは箱の中からナッツがたっぷりまぶされた一粒を指でつまむと、丸ごと口に放り込む。

 噛み砕くと中がとろりと柔らかく、ショコラやナッツとは違ったやさしい甘味が口いっぱいに広がる。


「む……ふ、ふ、ふ。おいしーい。中にキャラメルソースが入ってるわ!」


 そのまま、ぱくぱくと三個続けて頬張ったところで、「ご機嫌は直ったかな?」と父親が猫なで声で話を切り出した。


「実は、王太子から登城するように言われたのだよ。第四王子が世話になったから礼をしたいそうだ」

「ふうん。どうしてそれが悪い話なの?」


 こういうときは、当主が代表として呼ばれるものだ。

 煌びやかな謁見の間で王……は今、病気だと聞くから、王太子に挨拶するのだろう。

 礼というからには、何か褒美も与えられるかもしれない。


「ラヴェラルタ家全員が呼ばれたんだよ。つまりマティ、お前もだ」

「えっ? わたしも?」


 指につまんだ五個目のショコラが、ぽろりと落ちた。


「最初は明日にでもという話だったから、娘は体調が悪いため連れていけないとお伝えしたら、五日後に日程をずらしてくださった」

「つまり、謝礼というのは口実で、お前に会うことが目的なんだろうな」


 オリヴィエが腕を組んで眉を寄せた。


 社交界にデビューもしていない辺境の病弱令嬢に、名指しで舞踏会の招待状が届いたのは、ヴィルジールから話を聞いた王太子が興味を持ったせいだ。

 ヴィルジールの推測では、ラヴェラルタ騎士団を手中に収めるため「三番目の王太子妃に」と画策しているようだから、事前に顔を見ておこうと考えても不思議はない。


 でも、第四王子に初めて会った時ですらあんなに緊張したんだから、王太子と直接会うなんて全力で辞退したい!

 王太子とは舞踏会当日に、その他大勢と一緒に形式的な挨拶だけして、その後、遠目に眺めているだけで十分じゃない?


「やだ……。五日後も体調が悪いって断ったら?」

「さすがにそれは無理だろう。それに、舞踏会の前に王太子に会っておいた方が、心の準備ができて良いのではないかい? 城の内部の様子も少しは把握できるし」

「……かもしれないけど」

「その日は家族全員で登城するから、マティは前に出る必要はないよ。ヴィルジール殿下も同席されると聞いているし、心配しなくてもいい」

「ヴィルジール殿下が……?」


 それなら心強いけど、彼自身も何を考えているのかさっぱり分からない。

 さすがに王太子の前で変なことはしないだろうけど……。


 部屋の隅で存在を主張する豪華で禍々しいドレスにちらりと視線を向け、マルティーヌは盛大にため息をついた。

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