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二人は現地で回復と治癒術を施されて蘇生した後、倒された巨躯魔狼の死骸を見せてもらった。
初手は丸太よりも太い前足を一気に切断。
これはヴィルジールの目の前で起きた。
とはいえ、何が起きたのか目にも止まらないほどの早業だった。
その後の攻撃は、気を失ったために実際には見ていないが、深々と切り裂かれた喉が致命傷で、とどめが心臓へのひと突きだった。
「たった三手……いや、実質二手だぞ。喉をかき切った攻撃だけで、あの魔獣は死んだはずだからな。まったく、化け物……いや、ベレニスか!」
残された魔獣の死骸から容易に想像がつく、全く無駄のない正確で鮮やかな攻撃。
とても人間業とは思えなかったが、四百年前に魔王を討ち取った女勇者なら、巨躯魔狼など敵ではないはずだ。
自分の恩人である謎の少女に最大の賛辞を送りつつ、ヴィルジールはため息をつく。
「ラヴェラルタは何か隠している。あれほどの実力者の存在を、魔獣討伐を生業とする者たちが、噂すら知らないはずがない」
巨躯魔狼の首筋に剣が突き立てられた四手目は、明らかに魔狼が息絶えた後の不要な攻撃であり、あまりにも不自然だった。
その剣の持ち主だという理由で、ヴィルジールが魔狼を仕留めたとすることにも無理がある。
ラヴェラルタ騎士団は、強引に第四王子の手柄とし、真相をうやむやにしようとしているように見えた。
「そうですね。ラヴェラルタに彼女の捜索協力をとりつけたものの、彼らがいる限り、正解にはたどりつけないかもしれませんね」
ラヴェラルタ家当主もその息子たちも、少女の捜索に積極的な姿勢を見せなかった。
協力すると見せかけて、証拠をもみ消したり、真実とは別の方向に誘導することは考えられる。
「一旦、王都に戻ってから、極秘に調べ直す方が良いかもしれないな」
「しかし、彼女を見つけてどうされるのです? 褒賞を与えようとお考えですか?」
「いや……。それも必要だろうが、ただ、俺が直接会って話をしてみたいだけだ。ベレニスを彷彿とさせる娘に」
ベレニスは四百年経った今でも、多くの人々から尊敬と憧れを集めている。
特に、剣を志す者にとっては、ほとんど信仰の対象のような存在だ。
魔獣の前に颯爽と現れ、窮地を救ってくれた少女を勇者になぞらえ、会ってみたいと思うのは自然なことだろう。
遠い目をする主人に、従者が気の毒そうな視線を向ける。
「そうですか。ですが殿下。もう、自由になる時間はあまり残っておりませんよ」
「分かっている。半年……いや、三月以内にどうにかする」
彼がこの国にいられる期間はあと半年。
その後は隣国の大国、ザウレン皇国に留学することが決まっていた。
そして、現在八歳の第三皇女が成人する八年後に、婚姻を結ぶ予定だ。
今回の極秘の隣国訪問は、まだ正式に発表されていないこの計画のための下準備と、両者の顔合わせのためであった。
ドゥラメトリア王国の国王はここ数年病床にあり、王太子である第一王子、アダラールが実権を握っている。
第二王子エドゥアールは病弱、第三王子フィリベールは偏屈な学者気質なため、第四王子ヴィルジールの実質的な王位継承権は第二位と噂されていた。
いくら政略結婚だとしても、そんな重要な立ち位置にあるヴィルジールを隣国へ差し出すのはありえない。
しかも相手が、年端もいかぬ第三皇女という屈辱だ。
しかし、王太子はこの縁談を国王代理として了承した。
国の実権を握る王太子とウィルジールは昔から折り合いが悪かった。
しかし、ウィルジールはもともと権力に関心がなく、侯爵令嬢の婚約者を亡くしてからは公務をおざなりにして遊び歩くようになったため、第四王子寄りの貴族は諦めの境地にあった。
ただ、王太子とその陣営が一方的に敵視していたに過ぎない。
今回の縁談がどちらの国から持ちかけられたものか知らされていないが、王太子にとっては、目障りな者を合理的に排除する良い機会だっただろう。
つまりヴィルジールは、権力争いの末に、友好を演出するリボンをかけて隣国に差し出される人質という立場だった。




