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彼色のドレス(1)

 辺りが薄暗くなり、街の灯りが目立つようになった頃、ラヴェラルタの素材屋の幌馬車が屋敷の裏口に到着した。


「じゃあ、また連絡する」


 マルクは荷台から降りると、馬を操っていたロランに手を振った。


 屋敷の裏口は厨房に直結している。

 ドアを開けると中は暖かく、香ばしく焼けた肉の匂いがした。


「お帰りなさいまし。マルク様」


 料理人の一人が少年に気づいて声をかける。

 この姿の時は屋敷の中でも、マルティーヌの従兄弟のマルクとして扱われる。


「ただいま。いい匂いだね。お腹がすいたよ」

「もうすぐお夕食の準備が整いますが、その前に旦那様が書斎に来て欲しいとのことでした」

「急ぎ? 誰を呼んでたの? マルクじゃないよね」

「マルティーヌ様でございます」

「やっぱりそっか。分かった」


 娘の方を呼んでいたのなら、ドレスに着替えないといけない。

 マルクはまず、自室に向かった。





 侍女のコラリーに手伝ってもらい、シンプルな紺色のドレスに着替え、ゆるくまとめ上げた金髪のかつらを被る。

 化粧は淡い色の口紅だけのほぼ素っぴんだ。

 それでも、先ほどとはまるで別人だ。


「お父さま、マルティーヌです。ただいま戻りました」


 父親の書斎のドアをノックすると、すぐに「入りなさい」と返事があった。

 ドアを開けて一歩部屋に入ったマルティーヌはぎょっとなる。


 部屋の中央にあるソファには、深刻な顔をした父親と二人の兄、母親が揃っていた。

 テーブルの上には大きな赤い花束と、リボンがかけられたいくつかの箱。

 そして部屋の隅にある圧倒的なエメラルドグリーンに、嫌が応にも目が引き寄せられた。


「な……、な……っ、何。あれっ!」


 思わず背筋が凍る。

 足が震える。


 そこにあったのは、人型に着せられた豪華なドレス。

 光沢のある鮮やかなグリーンの生地が幾重にも重ねられ、ドレスの裾には銀糸で刺繍された薔薇の花が並ぶ。

 胸元から首までは繊細なレースとリボンが彩り、凝った銀細工に大小様々なエメラルドがきらめく豪奢なネックレスが存在を主張していた。

 ドレスや宝飾品には全く興味がないマルティーヌにもはっきりと分かる、全てが凄まじく値が張るであろう一級品だ。


「あ……んのっ、馬鹿っ! なにやってくれるのよ!」


 怒りで思わず手が震えた。


 これは、ラヴェラルタ家で用意したドレスではない。

 エメラルドグリーンと銀の組み合わせは、明らかに彼の言う『私色わたしいろ』。

 グリーンは瞳、銀は髪の色だ。


「あー、言わなくても分かると思うが……な」


 父親が言いづらそうに口ごもる。


「分かるわよ! 殿下なんでしょ、ヴィルジール殿下! こんなもの送りつけるなんてどういうつもりなのよ!」

「いや、舞踏会にぜひ着て欲しいという話なのだよ」

「ああ、そうでしょうね! でも、ぜーったい、無理っ!」

「まぁそう言わずに」

「だって、社交界じゃ恋人の髪や瞳の色のものを身に着けるのが流行ってるんでしょ。こんな簡単に殿下を連想しちゃうようなドレス、恥ずかしくて着られるはずないじゃないっ!」


 そもそも、社交界でラヴェラルタ辺境伯令嬢が注目されるきっかけを作ったのがヴィルジールだ。

 その後、病気療養の名目で長期間辺境伯家に滞在していたことも、知られているはずだ。


 こんなドレスを着て舞踏会に出たら、彼と特別な関係にあるのだと疑われるじゃない。

 そんなのまっぴら御免よ!


「だいたい、仮の婚約者を作れって言い出したのは殿下じゃない。このドレスにはアロイスの要素なんてひとつもない。彼と並んだら不自然すぎるでしょ!」


 マルティーヌがまくし立てると、母親のジョルジーヌがしれっと言う。


「あら、それは心配しなくても大丈夫よぉ。アロイスのところにも、このドレスと揃いの服が届いているはずですもの。二人並んだら、ちゃんと婚約者に見えるはずよ」

「えっ? どういう……こと?」


 娘が驚くと同時に、男たちも驚いた顔でジョルジーヌを見た。


「どうしてお前が、そんなことを知っているのだ?」

「まさか……?」

「うふふ。だって、ヴィルジール殿下から極秘でご相談を受けたんですもの。そうでなければ、マティにぴったりのサイズのドレスなんて作れないでしょ? 殿下の色で作ることも、アロイスの分も揃いで仕立てることも、最初から決まってたのよ」

「そんなぁ〜! おーかーあーさまっ! どうして断ってくれなのよ!」

「あらぁ、王子殿下の頼みを断るなんてできないでしょぉ?」


 最悪だ。

 お母さまがグルだったなんて……。


 衝撃的な事実にマルティーヌは床にぺたりと座り込んだ。


 男たちも何も知らされていなかったらしく頭を抱えて唸っているが、母親には全く悪気がない。

 最高級のドレスに近寄り、裾をつまみ上げきらきら輝く銀の薔薇を見つめて歌うように言う。


「本当に素敵なドレスよねぇ。マティがこれを着て殿下と踊る姿を想像するだけで、うっとりしちゃうわ」

「待って! わたしは殿下じゃなくて、アロイスと踊るんでしょ?」

「あら、ヴィルジール殿下からも誘われるに決まってるでしょ。そうしたら断れないじゃない? 婚約者がいて、ラヴェラルタの兄たちと踊って、第四王子とも踊ったら、その後にダンスを申し込める度胸がある男はそういないだろうっておっしゃってたわ」

「いや……待って。それは悪目立ちすぎ……」


 アロイスの後、兄さま二人と踊ればお役御免だと思ってた。

 その後は、三人が睨みをきかせてくれるから、他の誰とも踊らずに済むと思ってたのに……。

 いくらアロイスとお揃いのドレスでも、その後に殿下と踊ったら台無しじゃない。

 誰もが、彼の色を纏っているのだと気づくはず——。


「お父さまぁ〜。なんとかして!」


 父親に泣きついてみたものの、彼は弱々しく首を横に振った。

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