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チェスラフ聖教会(1)

 美しく整備された石畳の大きな通りの隅に、昨晩降った雪が少し残っている。

 道の両側には、四、五階建の煉瓦造りの建物がずらりと並び、様々な飲食店や、肉や野菜、パンを売る食料品店、ドレスやアクセサリーを扱う洒落た外観の店、家具や雑貨、果ては武器を扱う店などありとあらゆる商店が軒を連ねている。

 その中には、ラヴェラルタ辺境伯家直営の魔獣素材の宝飾店と武器屋、素材屋も点在していた。


 通りのずっと先に、巨大な城壁に囲まれたドゥラメトリア王城が見えているが、その堂々たる姿は見えないふりをして。


「さすが、王都! 人が多いし、華やかだね」


 グレーの外套と同色の帽子を深くかぶったマルクは、白い息を弾ませながら、後ろからついてくる二人を振り返った。




 舞踏会まであと二十日ほど。


 マルティーヌと両親、兄のオリヴィエの一行は、一昨日、王都の屋敷に到着した。

 魔術師数人を連れたセレスタンと、バスチアンを中心とした商人組、アロイスらダルコ子爵家組は別行動を取っており、既に十日以上前から王都での調査を開始している。

 今回の計画の核とも言えるマルティーヌの到着で、全部隊が王都に集結した。


 病弱設定のマルティーヌは長旅の疲れを癒すため、舞踏会まで静養生活を送ることになった。

 もちろんそれは表向きで、この日は少年の姿で、半分観光を兼ねて王城周辺を散策していた。


 この朝も例のごとく、兄たちが「自分が同行する」と駄々をこねていたが、二人とも人目を引きやすい容姿であるし、王都ではそれなりに顔を知られている。

 そのため今回は、王都に詳しいバスチアンと、ロランが行動を共にすることになった。


 黒の長い外套を着込んだバスチアンは、てかてかした油で髪をなでつけた、少々胡散臭い雰囲気の商人風。

 彼の弟子という想定のロランは、擦り切れた古い茶色の外套にマフラー姿で、手には小型のトランクを持っていた。


 はしゃいだ様子のマルクに「田舎者丸出しだよなぁ」と呆れたように言うロランの頭を、「お前の方が、もっとひどかったよな?」とバスチアンが小突く。


 ロランは十日前から滞在しているから、今では王都にも慣れ、落ち着いていた。


 マルティーヌは貴族令嬢でありながら、社交界デビューを回避して領地に篭っていたため、王都に来たのは初めてだ。

 目の前の風景、街ゆく人々、空気感などすべてが珍しい。

 平民の少年姿なのをいいことに、初めての王都を満喫していた。


「あれ? なんだかいい匂いがする。もしかしてアップルパイ?」


 ふわりと漂って来たシナモンの匂いを追って、マルクは一つ先の十字路に駆け寄った。


 路地の奥を覗き込むと、少し先に人だかりができている。

 高級な毛皮の外套を着た女性が多く、同行している男性たちも一目で裕福だと分かる身なりだ。

 おそらく貴族か、王都の豪商なのだろう。


「もしかして、あの店って……?」


 以前、ヴィルジール殿下が言っていた有名店なのかも?


 そう思いながら人々の様子を観察していると、後ろから顔をのぞかせたバスチアンが言う。


「ああ。あれは有名なアップルパイの店だな」

「焼きたてしか出さないっていう店?」

「王都は初めてのくせによく知ってるなぁ。せっかくだから、食ってくか?」

「えっ? ホント? 行きたいっ!」


 瞳を輝かせて答えたものの、直後に「やっぱ、いいや」と拒否する。

 ヴィルジールが「マルティーヌ嬢に食べさせてあげたい」と言っていたのだ。


 彼が連れてきてくれるつもりかもしれないから、勝手に先に食べたらだめだよね。

 もう、忘れているかもしれないけど……。


 恋人同士なのだろうか、身なりの良い若い紳士にエスコートされ、着飾った令嬢が嬉しそうに店内に入っていく。

 令嬢の頬がピンクに染まっているのは、きっと寒さのせいだけじゃない。

 二人とも、とても幸せそうだ。


 いいなぁ……。


 そんな思いが胸をよぎって、マルクは慌てて首を横に降った。


 いやいや、これは今から極上の焼きたてアップルパイを食べる彼女が、羨ましいだけ。

 だからやり直し。

 いいなぁ……。

 わたしはいつ、あのアップルパイが食べれられるんだろう。


 マルクが頭の中で奇妙なダメ出しをしていると、バスチアンが心配そうに聞いてくる。


「珍しいな。お前が甘いもんを食わないなんて。腹でも痛いのか?」

「そ、そんなことないけど、この格好じゃ入りづらいだろ? それに、男三人ってのも変だ」


 マルクが少し焦りながら、もっともそうな理由を口にした。


 一応、一人は女なのだが、他人から見れば胡散臭そうな商人と、使用人の少年二人だ。

 この三人では、女性とカップルが多いあの客層の中では明らかに浮いてしまう。


「そういや、そうか。じゃあ、今度、リーヴィかセレスと来るといい。病弱なお嬢様でも一度ぐらお忍びで来たって許されるだろう」

「え? リーヴィかセレス?」


 思い浮かべていた人物と違ったから、うっかり聞き返す。


「なんだ、兄貴と来るのは嫌なのか。じゃあ、アロイスに連れてきてもらうか? 婚約者なんだから」


 幸せそうな恋人たちに姿を重ねてしまったのはアロイスでもない。


「だから、仮の婚約者だってば! アロイスとは来ないよ」

「だったら、ヴィルか?」


 バスチアンがにやにやしながら口にした名に、ぎくりとなる。


「んなわけないだろ! なんであんな奴と。さ、もう行こう。大聖堂はこの先なんだろう?」


 この場所に長居してはいけない気がして、マルクは先を急いだ。

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