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勇者ベレニスの剣(1)

 翌朝。

 今日も騎士団の上層部が集められ、ヴィルジール殿下とジョエルを加えて会議が開かれることになっている。

 オリヴィエとセレスタン、マルクは騎士団の管理棟に向かっていた。


 いつもなら、早朝に軽く手合わせなどをして汗を流すのだが、今朝はできなかった。

 それにも関わらず、三人ともすでに疲れていた。


 昨晩、初めてマルティーヌが出席した夕食会の場で、ヴィルジールが仮の婚約の策を持ち出した。

 その後、家族会議が開かれ、深夜には騎士団の宿舎にいたアロイスもその場に呼び出された。


 彼は、失礼だとも言える仮の婚約話を「光栄です」と快諾した。


 とはいえ、貴族の婚約となれば本人の同意だけでは決められない。

 つい先ほど、アロイス本人と先触れのラヴェラルタ家の使者が、ダルコ子爵家に向かって出立した。

 マルティーヌの父親の辺境伯も、時間差で到着するよう馬車で同じ目的地に向かっている。


「断られることってあるのかなぁ」

「それは絶対ないな」


 マルクの疑問にオリヴィエが断言する。


「アロイスはラヴェラルタ騎士団の所属だし、ウチは辺境伯家で、あっちは子爵家だ。断りたくても断れないだろう。仮の婚約者を承諾することで辺境伯家に恩を売ることになるから、むしろ歓迎されるんじゃないか」


 しかしそれは、子爵家の事情だ。

 アロイスに恋人がいるという話は聞かないが、意に沿わない婚約を無理強いしたのではないだろうか。


「アロイスには申し訳ない気がするなぁ。マルティーヌの婚約者だって、社交界で認知されるってことになるんだから」


 正式な手続きを踏んで正式な婚約として公表されるため、彼の経歴に傷がつくような気がする。

 マルクが心配すると、兄二人は強く反論した。


「なんでだよ! 一瞬でもマティの婚約者を名乗れるなら鼻高々だよ! 僕も、兄なんかじゃなくて婚約者になりたい! マティと結婚したい!」

「だまれ、セレス! ……いや、真面目な話、いっときでもラヴェラルタの娘と婚約したのなら、それだけで彼の株が上がる。婚約を解消した後、あちこちから声がかかるんだろう。アロイスにはメリットしかないよ」


「そうなの?」

「そうだ。だからお前は気にしなくていい。……だけど、俺の大事なマティが婚約してしまうなんて……な」


 突然湿っぽくなったオリヴィエの背中を、マルクはばしりと叩く。


「やだなぁ、リーヴィ。仮の婚約だろ!」

「そうなんだが……っ」


 マルティーヌが幼い頃から「結婚なんて絶対するな」とか、「ずっとそばにいるんだよ」と言い聞かせてきた兄だ。

 溺愛する妹が誰か別の男のものになると想像しただけて、泣きそうになるのだろう。

 こうなってしまったオリヴィエは、セレスタンとは別方向に鬱陶しい。


 だいたい、相手はアロイスだよ?

 今回の婚約は、舞踏会のために仮に結ぶだけなんだから。


「アロイスと実際に結婚するわけじゃないんだしさ。変な心配しすぎだよ」


 なぜか、マルクが慰める状況になっていると、「なぁ、リーヴィ」とセレスタンがオリヴィエの肩に手を回し、彼を引き剥がした。

 そして、マルクから少し距離を取ると、二人してひそひそと何かを話し始める。


「あいつ、まんざらでもない顔してたよなぁ」

「今回のことがなくても、いずれ降ってくる話だから、本人にも自覚があったんだろう」

「ムカつくから、一発お見舞いしてやろうか。雷がいいかな?」

「やめろ。それはさすがにまずい」


 いつものように妹がらみのろくでもない話をしているはずだから、マルクは特に気にしない。

 さっさと二人を置いて、ラヴェラルタ家の裏門から鍛錬場へと続く小道へと出て行く。

 すると、管理棟の壁にもたれて立つ一人の人影を見つけた。


「こんな早い時間に誰だろ?」


 精鋭部隊の誰かにしては少し小柄に見えたから、不思議に思って遠視術で確認する。

 するとそこにいたのは思いがけない人物——ロランだった。


 彼は精鋭部隊の一員ではない。

 『死の森』への遠征時は、森の拠点から奥地へと侵攻する討伐部隊に抜擢されていた。


 遠征開始から二週間ほど経ったころ、彼は戦闘中に死を垣間見るほどの大怪我を負ったと聞く。

 怪我そのものは、同行していた魔術師によってすぐに治療されたという。

 騎士団の若手の中ではずば抜けた戦闘力を持っていた彼が初めて味わった、魔獣に対する恐怖と、自らの死を覚悟するほどの失敗に、自信をすっかり喪失したのだろう。

 その後の彼は精彩を欠き、仲間との共闘にも支障をきたすようになってしまった。

 そして、討伐計画の途中で森から帰され、森の浅い部分を守る守備隊にも加わることもできず、自宅で静養することとなった。

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