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 その後、ヴィルジールは何かを考えているらしく黙り込んでしまったから、手持ち無沙汰のマルティーヌは目の前のお菓子を次々に平らげていく。

 葡萄のジュレをそろそろ食べ終える頃、彼がようやく口を開いた。


「舞踏会では、マルティーヌ嬢にもう一人つけた方が良さそうだな」

「リーヴィ兄とセレス兄がいるから充分じゃないの?」


 舞踏会に正式に招待されたのは、マルティーヌだけだ。

 エスコート役として一人同伴できるが、兄二人はその役目を決して譲ろうとしなかった。

 彼らの妹への溺愛ぶりは社交界で有名であるから、妹の大事なデビューに二人が付き添っても問題なかろうということで落ち着いたのだが。


「マルティーヌ嬢は危うすぎるから、壁は何枚あってもいい」

「そうは言っても……誰を? お父さま?」


 王家主催の舞踏会であるから、誰でも連れて行けるわけではない。

 同伴者は自ずと限られる。


「いや。マルティーヌ嬢には婚約者はいないのか?」

「そんなの、いるわけないじゃない」

「もう十七歳なんだろう? 貴族令嬢なら婚約者がいてもおかしくない……というより、いないほうがおかしい」

「ええっ? そういうものなの? お父さまやお母さまからは、何も言われたことがないけど」


 貴族令嬢の知り合いはいないし、社交界にも出ていないから、世の中の結婚事情なんて全く知らなかった。

 そもそも結婚には興味がないし、たくさんの秘密を抱えた身では無理だろうとも思っている。


 結婚せずにずっとこの家にいて、魔獣を狩る生活を続けたいんだけどな。

 お父さまも、お母さまも、兄さまたちも誰も駄目だとは言わない気がするけど……。


 そんなことをぼんやり考えていると、ヴィルジールが思いがけない提案をする。


「だったら、仮でもいいから誰かと婚約するといい。婚約者がエスコートしていれば、他の男は手を出しづらいし、王太子に対しても牽制になる。王太子なら、地方の貴族の婚約など簡単に白紙にできるだろうが、いないよりはいい」

「仮? でも、急にそんなこと言われても無理よ。誰でもいいわけじゃないんだし」

「大丈夫だ。一人だけ適任者がいる」

「そんな人いる?」


 マルティーヌは首を捻る。


「……アロイスだ」

「ええっ? アロイス?」

「彼ならマルティーヌ嬢に釣り合うし、今回の計画の大きな戦力にもなる」

「うーん。あんまり憶えてないけど、アロイスって子爵家の人だったっけ……?」


 グラスに残ったジュレをかき集めながら考える。


 アロイスは、ラヴェラルタ辺境伯領の三つ隣に領地を持つダルコ子爵の四男だ。


 魔獣討伐を生業とするラヴェラルタ辺境伯家は、国の中央部では汚れ仕事だと卑下されることが多いが、地方貴族の間では密かに人気が高い。

 地方には勇者伝説が色濃く残り、ベレニスに憧れて魔獣討伐を志す者が多い。

 しかも、魔獣素材の売買を独占する辺境伯家はこの国で上位を争うほど裕福であるから、地方貴族の三男以下が、優良な就職先としてラヴェラルタ騎士団に入団してくるのだ。

 その結果、ラヴェラルタ騎士団の三分の一近くは、地方貴族の子弟が占めている。


 普段から比較的丁寧な言葉遣いをするアロイスは、おそらく貴族としてのマナーを身につけているはずだ。

 ラヴェラルタ騎士団の第一部隊長を務め、信頼の厚い実力者として評価されているから、家格の差も埋められる。

 辺境伯令嬢であるマルティーヌのお相手として、誰も不審に思わない。


 それに、わたしがベレニスの生まれ変わりだってことも知ってるし、彼自身もラウルの生まれ変わり。

 もう一人の頼れる兄貴のような人だから、安心感は抜群よね。

 確かに、アロイス以上の適任者はいない?


「うん。アロイスならいいかも。彼がいてくれたら心強いよね」


 そう言って、最後の一口を大事そうに口に運んだマルティーヌに、ヴィルジールは拍子抜けする。


「自分の婚約者としてはどう思う? 仮にも婚約者なんだぞ?」

「どうって……。仮なんでしょ?」

「……そうだが」


 ヴィルジールから見ても、アロイスほど彼女の結婚相手としてふさわしい男はいないと思う。


 彼女の父親が、アロイスを娘婿の第一候補と考えていてもおかしくない。

 妹を溺愛する二人の兄も、彼が相手なら納得するだろう。

 アロイスはそれほどの男なのだ。

 仮に結んだ婚約が、仮でなくなる可能性も大いにある。


 けれどマルティーヌは自分の婚約という重大な問題にも関わらず、人ごとのようだ。

 のんきに三個目のアップルパイを食べるべきかどうかで悩んでいる。


 さっき、ヴィルジールが彼女の口元のクリームを指で拭った時は、あれほど慌てふためいていたのに。


「ふ……」


 奇妙な優越感がこみ上げて、ヴィルジールは微かに笑った。

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