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「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください  作者: 平田加津実
第7章 『死の森』の奥地に残されたもの
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(6)

「マルティーヌ嬢が舞踏会に出席すればいいんじゃない?」


 突然の提案に兄二人はぎょっとなり、慌てて否定を始める。


「何を言い出すんだ。舞踏会には絶対出ないって言ってたじゃないか」

「そうだよ。マティは社交界なんかに足を踏み入れちゃダメだよ! 悪い男がうようよいるんだから!」


「だけど、病弱令嬢が王都まで行くんだったら、腕利きの護衛を大勢つけてもおかしくないし、身の回りの世話をする使用人だって必要だろ。かなりの人数を王都に連れていけそうじゃん?」


 マルクがまるで人ごとのように言うから、オリヴィエはさらに不安になる。


 客観的に考えれば、この案はなかなか良さそうだ。

 しかし、この計画で最も重要な鍵となるマルティーヌは、社交的にぽんこつすぎる。


「確かにそうだな。……だが、大丈夫なのか?」

「何が?」


 やはりマルクは、自分で提案しながら最大の問題点に気づいていなかった。

 オリヴィエが深いため息をつく。


「お前、分かってんのか? ドレスで美しく着飾って、病弱の振りをしながら、初対面の大勢の貴族の前に出て行かなければならないんだぞ。舞踏会なんだからダンスも必須だ。本当に、大丈夫か?」

「きっとマティは舞踏会に集まったどんな令嬢より、抜群に綺麗なんだろうなぁ〜」

「ああ、マティだったら当然だ。間違いなく、会場中の全ての視線を釘付けにするだろう」


「ええっ?」


 兄二人が話すような状況を想像すると、背筋がぞくりとした。


 そんなことまでは考えてなかった。

 舞踏会に出席するという大義名分があれば、騎士団の仲間が王都に行っても怪しまれないと、単純に思っただけなのに……。


 足に絡みつくドレス、バランスの悪い高いヒール、お上品な言葉使いでの上流階級の会話、貴族令嬢としての優雅な立ち居振る舞い、男性相手のダンス。

 それら全てに自信がない。

 会場中の視線を釘付けにするとしたら、令嬢らしからぬ大失敗をやらかした結果としてだろう。


 やっぱり、今の話はなしで!


「じゃあ、王都に着いてから、病弱なマルティーヌ嬢は長旅の疲れが出て寝込んでしまったので、舞踏会には出られませんってことにすれば? そうだよ、それがいい!」


 兄たちはマルティーヌが舞踏会に出ることを良く思っていない。

 だから、これで許してもらえると思ったのに、ヴィルジールが立ちはだかる。


「いや、それではいくら王都にラヴェラルタの騎士を集めても、身動きが取れない。マルティーヌ嬢が舞踏会に出席するのなら、彼女自身とエスコートの者は、舞踏会会場である王城に堂々と入ることができるし、護衛や侍女、馬車の御者なども城壁の中まで入れる」

「そうかもしれないけど……ほら、王都まで行ってしまえばさ、舞踏会に出なくったって他にも良い方法があるんじゃないかな……きっと」


 歯切れ悪く弁明するマルクの前で、ヴィルジールはゆっくりと腕を組み、冷ややかにに見下ろしてくる。


「こんな絶好の機会をなぜ逃そうとする。ああ、そうか。王太子が怖いのか?」

「怖い? そんなはずないだろ! 社交界なんて慣れない場で戦うより、もっと自分に合った成功率の高い方法を考えているだけだ」


 王太子なんか怖くない。

 怖い……じゃなくて、避けたいのは女装して舞踏会に出ることだけ。

 そこを間違ってもらっては困る。


 憤慨して反論すると、ヴィルジールはさらに煽る。


「王太子が魔王かもしれないのだから、恐れをなすのは仕方がない」

「だから、ちゃんと聞けよっ! 王太子のことも、魔王のことも、俺は怖いなんて一言も言ってないだろ!」


 臆病者を見下すような物言いに、ついかっとなって食ってかかる。


 すると彼は両手をマルクの肩に置き、今度は、幼子をなだめるように優しげに目を細めた。

 いや、残念な者を哀れむ目だ。


「強がらなくてもいいんだ。いくらマルティーヌ嬢が勇者の生まれ変わりだとしても、魔王と戦った彼女ベレニスと同じことをしろと言うのは酷だからな。今の魔王は社交界という『死の森』の奥地に潜んでいる。その森すら攻略できないのなら、魔王なんてとても無理だ。だから、屋敷のベッドの上で吉報を待っていてくれ」

「くそっ! バカにするな! 『死の森』だろうが社交界だろうが、攻略なんて超簡単だ!」

「だが、マルティーヌ嬢は病弱だから、舞踏会には出られないのだろう?」

「出るよ! 全然問題なく出られるからっ!」

「そうか。では、よろしくたのむ」


 すっと真顔になったヴィルジールが、鷹揚に右手を差し出した。


「あ……」


 彼の手を見て、一気に血の気が引いた気がした。


 しまった!

 また、彼にはめられた!

 もうこれで逃げられない——。


 妹の舞踏会参加が決定事項となってしまい、兄二人は頭を抱えて唸っている。

 バスチアンとパメラは爆笑し、ジョエルとアロイスは顔を背けて肩を震わせている。

 ヴィルジールに視線を戻すと、彼の口元がにやりと歪んだ。


 あーもう!

 その顔、ほんと腹が立つ!


「言っとくけど、ヴィルジール王子殿下のために行くんじゃない。本当に王太子が魔王なら、奴を倒すのが俺の役目だから行くだけだ」


 マルクは差し出された手をぱしりと払うと、精一杯虚勢を張った。


 単なる思い付きが裏目に出た感じだが、マルティーヌ嬢が舞踏会に出るのが、最上の策だということは分かる。

 けれど魔王なんかより、ドレスとヒールと化粧、実戦経験のない人前でのダンスの方が遥かに難敵に思えて、正直怯む。


 あと三ヶ月……いや、もう二ヶ月しかない?

 一応、貴族令嬢としての教育は受けてきたんだし、この二ヶ月頑張って準備すれば、うまく切り抜けられる…………はず、だよね?

 きっとやれる……いや、無理……なんて言ってられない。


 自分を奮い立たせたり、直後にへたれたりしているうちに、気づけば円の中央で魔虫を焼いていた青い炎は、かなり小さくなっていた。

 もうしばらくで、巨大な百足は跡形もなく燃やし尽くされるだろう。

 あたりは薄暗くなり、高い針葉樹に取り囲まれた丸い藍色の空には、明るい星がいくつか見える。


「今日はここで夜を明かそう。あまり気持ちの良い場所ではないが、魔獣に襲われる可能性は低いから安心して過ごせるだろう。皆、ゆっくりと休んでくれ」


 オリヴィエが指示を出し、野営の準備が始まった。

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