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「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください  作者: 平田加津実
第7章 『死の森』の奥地に残されたもの
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「じゃあ、『魔王の目』に襲われた時はどうなんだ。王太子は合同演習の日程を把握していたのか」

「ああ。俺の騎士団であっても国王の許可を得ないと動かせないから、代わりに王太子に許可を求めた。マルティーヌ嬢宛の舞踏会の招待状を託されたのもその時だ」

「うわぁ、嫌なことを思い出させるなよ!」


 ちらりと向けられた視線を振り払うように、マルクは両手をばたばたを振った。

 ヴィルジールはふっと笑った後、真顔に戻る。


「逆に聞くが、ラヴェラルタ騎士団は、『死の森』に討伐に出るときは国王に報告しているのか」

「いや。俺たちは汚れ仕事を進んでやって差し上げているだけだ。俺たちが何をしようと国は何の興味も持たないから、報告も不要だ」


 団長の言葉に皮肉が混じった。


 王国は街道の聖結界以外は、『死の森』の管理をラヴェラルタ騎士団に丸投げしている。

 魔獣の脅威は森から遠く離れた王都までは届かないから、魔獣素材の売買にかかる高額の税金を納め、時折珍しい魔獣素材を献上しておけば、一切口を出すことはないのだ。


「では、今回の遠征の計画も知らせてはいないんだな」

「ああ。だが、今回は知っているだろう。俺らは今回の計画を極秘で進めていたわけじゃないから、ヴィルジール殿下の部下は全員知っていた。彼らが殿下の病状を報告した際に、非公式に討伐計画を伝えていてもおかしくない」

「でも、今回の遠征じゃ、魔獣が直接ヴィルを襲ってくることはなかったよね? ヴィルジール殿下はウチで寝込んでいると信じてるのかなぁ」


 マルクが首を傾げる。


 新しく出現した魔王が四百年前の魔王の生まれ変わりを狙っているのなら、この遠征中、ヴィルジールが魔獣の標的にされてもおかしくなかった。

 『死の森』で魔獣に殺されたのなら、それこそ事故だ。

 誰も疑うことはない。


 しかし、遭遇する魔獣たちは目の前の人間に襲いかかるだけで、誰か一人を狙っている様子はなかった。

 先ほど苦戦した大針百足も、無差別に暴れていただけだ。

 最後にヴィルジールが最も危険な場所にいたことも、負傷したことも、偶然でしかない。


「信じていてもいなくても、『魔王の目』がいなければ『死の森』の中で誰か一人を狙うことは不可能だ。それ以外の魔獣は操れないのだから、攻撃手段がない」

「そっか。それもそうだな」

「そもそも、王太子は邪魔になる俺を排除したかっただけで、俺が魔王の生まれ変わりかどうかは関係ないような気がする。だから今回……」


 ヴィルジールの言葉の途中で、背後から「火を放て!」という声が聞こえてきた。

 その場にいた者たちの注意が円の内側に向いた。

 山と積まれた大針百足の死骸を取り囲んでいる魔術師たちが、一斉に右手を前に突き出し、掌から青い炎が放たれる。


 騎士団きっての魔術師であるセレスタンの手は不要だった。


 魔術攻撃が一切効かなかった難敵の体は、死骸となってからは魔術でよく燃え、あっという間に天を焦がすほどの大きな炎となった。

 どれほど燃え盛っていても、熱は全く感じない。

 標的を跡形もなく燃やし尽くし、それ以外には燃え移ることのない不思議な炎。


「あっけないな……」


 マルクも、いつもよりはるかに巨大な青い色をじっと見つめる。

 たった一体に、あれほど苦戦した敵は初めてだった。

 終わりの見えなかった凄まじい消耗戦が、ようやく終ったのだという安堵感を味わっていると、ヴィルジールが先ほどの続きを話しはじめた。


「今回の狙いは俺ではなかった。ここに魔法陣を残してあったことを考えると、魔王はまだここを利用するつもりだったんだ。だから、魔獣を召喚できるこの場所の秘密を守るために、ラヴェラルタ騎士団を排除しようとしたのではないだろうか」


 騎士団の遠征計画を偶然知った王太子は、かなり焦ったに違いない。

 ヴィルジールの部下たちは、騎士団の精鋭部隊が『魔王城』を目指すことまでは知らなかった。

 しかし『魔王の目』による襲撃が失敗に終わったことにより、魔王は森の奥地に調査が入る可能性を考えたはずだ。


 魔王は召喚する魔獣を選ぶことはできないが、放出する魔力の大きさに比例して強い魔獣が現れる。

 おそらく、持てる力を全てつぎ込んで、騎士団を潰しにかかった。

 魔力攻撃が効かない長大な大針百足を、別の世界に心臓を残したまま引きずり出したのは、きっと、魔王の執念だ。


「でもさ、この石を壊したから、これ以上、魔獣の召喚はできなくなったんだよね? だったら、魔王はもう脅威ではなくなったんじゃないの?」


 マルクが足元を蹴りながら言うと、セレスタンが首を横に振った。


「いや、違うよ。魔法陣を描き換えられるってことは、描かれているものを解読し、自分でも描けるということだ。この場所にある魔法陣が使えなくなっても、新しく描くことができるとしたら?」

「え……。まさか、『死の森』じゃなくても魔獣を召喚できるってこと?」


 背筋がぞわりと寒くなった。


「そう。魔王と椅子が同じ場所になくても、魔法陣のある場所に魔獣を召喚できることは、さっきの大針百足でも証明済みだよね。つまり、魔法陣を描くことができれば、どこにでも魔獣を呼べるってことなんだよ。しかも魔法陣は魔力を帯びていないから、隠されると探し出すのが困難だ」


「だとしたら、とんでもない罠……いや、兵器じゃないか!」


 オリヴィエが思わず叫んだ。

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