(7)
こわごわ視線を向けると、ヴィルジールが微笑んで切り出した。
「マルティーヌ嬢。ひとつ聞きたいんだけど」
「は、はい。何でございましょうか」
マルティーヌは手にしていたカップを慎重に皿に戻した。
でないと、かたかたと音をさせてしまいそうなほど、手が緊張していた。
「茶色の長い髪の、魔獣を倒せるほどの腕を持った若い娘に、心当たりはないかい?」
「あ、あの……魔獣を倒せる……娘、です、か?」
直接その話を振られるとは思っていなかったから、さらに動揺する。
声がかすれて途切れ途切れになるが、相手はそれを嘲るような様子を見せず、微笑んだまま言葉を続ける。
「そう。その娘が魔獣を倒して私たちを助けてくれたんだよ」
「そ、そ……そうだった、のですか。それが、何か……?」
「ラヴェラルタ家の血筋なら、強い女性がいてもおかしくないだろう? もしかしたら、あれは君だったんじゃないかと思ってね」
軽い口調だが、緑の瞳は何かを見極めようとするように、じっとこちらを見据えている。
しかし、彼が自分を疑う根拠は、ラヴェラルタ家の血筋だからという一点のみらしい。
何か確信がある訳ではないようだ。
だったら、大丈夫……よね?
こんなおどおどした娘が魔獣を倒したなんて本気で思うはずがないと、自嘲気味に思う。
狙っていなくても勝手に声が震えるから、抜群に説得力があるだろう。
「そ、そんな……恐ろしいこと、ありえましぇ……ん」
あ、噛んだ。
マルティーヌは慌てて両手で口元を覆い、肩をすくめた。
「恐れながら、殿下。私の可愛い妹が、そんな粗野な娘に見えますでしょうか」
殿下の隣に座る長兄が、見かねたように間に割って入ると、ヴィルジールが「いや」と苦笑した。
「とりあえず、聞いてみただけだ。そんな怖い顔をするな、オリヴィエ。君の妹君のような細腕では、長剣を構えることすら無理だろう」
実際には軽々と振り回すのだけど……と、すました顔をした家族全員が、各々の心の中でツッコミを入れた。
マルティーヌは身体を鍛えてはいるものの、筋力に頼らない戦い方をするため、見た目には華奢な体型だ。
実際は、長手袋で隠された掌には剣だこができて硬く、ドレスの下の腹筋はしっかり割れてコルセット不要だ。
髪も本当は少年のように短いのだが、今の令嬢姿からは全く想像できないだろう。
ヴィルジールの言葉と表情から、とりあえず、今の所は完璧に騙せているようだ。
「じゃあ、そんな娘の噂を聞いたことはないかい?」
「噂……ですか?」
「そう。小さな体で長剣を振るい、巨大な魔獣に果敢に切り掛かっていくような娘だ。君とは同じような年頃だと思うのだけど、友人から話を聞いたりは?」
もちろんそれは自分のことだが、マルティーヌは口元を手で覆ったまま、悲しげに首を横に振った。
「あの……わたくしは病気がちで、り、領地からほとんど出たことがございません。同じ年頃の友人?……も、おりませんので……」
病気がちという部分以外はすべて真実だが、彼は、とたんに気の毒そうな顔になった。
「そうか。無神経なことを聞いたな」
大きなお世話だよ!
そう思いつつ「いいえ」とうつむいて返答する。
「殿下、その娘のことは先ほどもお話しした通り、ラヴェラルタ騎士団で調査いたしますので我々にお任せください」
オリヴィエが申し出たところで、静かに部屋に入ってきた執事が父親にそっと耳打ちした。
「食事の準備が整ったようです。殿下、食堂へご案内いたしましょう」
そう言って父親が立ち上がると、ヴィルジールは右手を挙げて制した。
「せっかくのところ悪いが、夕食は部屋に運んでもらえないだろうか。今日はとてもそんな気分ではないんだ。食事を共にするのは後日にしてほしい」
そのやり取りに、マルティーヌは心の中で「よしっ!」と拳を握った。




