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「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください  作者: 平田加津実
第7章 『死の森』の奥地に残されたもの
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(2)

「おーい。話してるところ悪いが」


 バスチアンがこちらに近づいてくる。

 魔虫の後始末の指揮をとっていたアロイスがなかなか戻らないため、バスチアンが代わりを務めていたようだ。


「虫の残骸を真ん中に集めたから、もう火ぃつけていいか」


 彼は山と積まれた大針百足の死骸に、親指を向けた。

 セレスタン以外の魔術師が、その山を等間隔で囲んでいるから、もう準備万端のようだ。

 状況を確認してアロイスが頷く。


「任せてしまってすまない。燃えそうか?」

「燃えるっしょ。もう魔力は全然感じないし、油分が多いからきっと豪快な焚き火になるぜ。一緒に肉でも焼くか?」

「やだよ。不味くなりそう」


 マルクが唇を尖らせると、バスチアンは笑った。


「じゃあ、後はやっとくから」とその場を離れかけて彼は振り返る。


「そういや、ここから四分の一ほど回ったところに、硬いものをぶつけたような傷が幹に残ってる木がたくさんあったぜ。石の椅子を持ち出したときについたんだろうが、樹液の様子から考えると、最近できた傷のようだ。後で見ておいてくれ」

「最近? どれくらいだ?」


 オリヴィエが苦々しい顔をする。


「そうだなぁ。おそらく二、三ヶ月前ってところかな」

「そうか。だとすれば、巨躯魔狼の事件のころか、それ以前ってことだな」


 つまり、『魔王の目』が出現した時には、すでにこの場所に椅子はなかったことになる。

 今回、森の奥地で遭遇した巨大魔獣たちも、この場に魔王不在のまま、新たに召喚された個体なのかもしれない。


 セレスタンの推測が正しければ、石の椅子は最も重要なものの一つだ。

 しかし、バスチアンはその説明を聞いていないから呑気な様子だ。


「どれだけ大事なものか知らんが、でかい魔獣がうようよいるこんな奥地まで、一体誰が取りにきたんだろうな。俺らだってやっとここに辿り着いたってのによぉ」


 空気を読まない彼に、マルクが呆れたように言う。


「そんなの、魔王に決まってるだろ? 魔王には魔獣が寄り付かないんだから、ここまで来るのも簡単なんだよ」

「そりゃそうか。魔王じゃなければ、こんな場所にたどり着けるのは第一王子くらいだよな。ははは」


 茶化した調子のバスチアンの言葉に、周囲が固まった。


「え……なんで?」

「は? 第一王子……って?」


 この国の第一王子は王太子であるアダラール殿下。

 第四王子であるヴィルジールの、十歳年上の実の兄である。


「どういう意味だ、バスチアン。どうして、ここに兄上が出てくるんだ」


 深刻な顔のヴィルジールに詰め寄られ、バスチアンが狼狽える。


「え? え? なんでそんな怖い顔してんだよ。ちょっとした冗談のつもりだったのに、もしかして不敬罪が成立する?」

「そうではないが、なぜ、突然、第一王子の名前が出てきたのかと聞いている」


 ヴィルジールの声が冷え冷えとした圧を帯びた。


 今回の討伐作戦の間、第四王子である彼は、騎士団の一員として対等に扱われていた。

 彼もまた、団の他の青年と変わらないくだけた言葉遣いと態度で過ごし、騎士団にすっかり馴染んでいた。


 しかし、やはり彼は王族。

 その気になれば、圧倒的な威厳でその場を支配する。


「う……あ……、それは」


 バスチアンは助けを求めて周囲の仲間の顔を見回した。

 しかし全員、何も心あたりがなさそうな面持ちだ。


「まさか、誰も第一王子の事件を知らないのか? 二十年くらい前……第一王子は十歳ぐらいだったと思うが、『死の森』の視察に来たことがあるんだよ。リーヴィは覚えてるだろ?」


 しかしオリヴィエは顔をしかめる。


「二十年前なら俺はまだ五歳ぐらいだ。知るはずがない」

「ええっ? お前、もっと昔からいなかったか? そんなに若かったっけ?」

「悪かったな。老け顔で」


 セレスタンとヴィルジール、ジョエルは当時三歳で、物心がつくかどうかの年齢だ。

 マルクに至ってはまだ生まれていない。

 今、近くにいる者の中ではアロイスがいちばん年長だが、彼もまだ騎士団に入団していなかった。


「騎士団の中では有名な話だったんだがなぁ。誰も知らんとは、俺も歳を取ったもんだな。おーい、パメラ!」


 バスチアンは同年代の魔術師を呼び寄せた。

 彼女は「なんかおっかない雰囲気だから、そっちには行きたくないんだけど……」と、ぶつぶつ言いながらも来てくれた。


「パメラは第一王子の事件のこと知ってるよな。たしかお前も一緒に行ったはずだ」

「ああ、あれね。ピクニック事件よね?」

「そう、それ!」

「は? ピクニック?」


 ほのぼのとした単語に、周囲は面食らった。

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