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「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください  作者: 平田加津実
第7章 『死の森』の奥地に残されたもの
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(3)

 あの日、マルクがラウルの亡骸が眠る草むらに酒を注いだ瞬間、彼の目の前の景色が一変したのだという。

 それはベレニスの記憶と完全に一致する光景だった。


「そこは、草木の生えない荒れ果てた荒野で、二十人くらいの冒険者たちが、魔獣の大群と戦っていた。彼は、このままでは人間側が全滅すると思っていた。勝機があるとすれば、ベレニスを生かすこと。彼女を残せば、何人かは生き残れるかもしれないと思ったんだ」

「まさか、そんなことを考えていたのか……」


 言われてみれば、あの日、彼はベレニスの援護に徹していた。

 多くの魔獣に囲まれ、鋭い牙や爪をかいくぐって戦う彼女の周囲には、彼の矢が絶え間無く飛び交い窮地を救っていた。

 しかし彼は、自分の身を守りきれず、魔獣の爪に散ったのだ。


 マルクの頬に涙が伝う。


「だったら、やっぱり英雄じゃないか!」


 仲間たちを一人でも多く救うために、自分の身を犠牲にしてまで、最も腕の立つベレニスを援護した。

 あの時の矢に、そこまで深い思いが込められていたなんて思いもしなかった。


 そう思い至ったマルクに、アロイスは首を横に振る。


「いや、英雄なんかじゃない。弓師は接近戦に弱いから、彼はあの時、生き残ることを諦めていた。自分にできないことをベレニスに託しただけなんだ」

「違う! 本当は、ベレニスがラウルを守らなきゃならなかったんだ」

「冷静に考えてみろよ。そんなことができる状況じゃなかっただろう? ベレニスだって、他人に構う余裕なんてなかったはずだ。それにラウルは、彼女に守られたいとは思っていなかった」

「でも……」


 彼は身を呈してベレニスを援護したのではない。

 生きることを諦めた自らの死を、せめて無駄死にしないために彼女を守ったのだ。


「それでも、彼を救いたかった……」


 あの時ベレニスは、彼の悲壮な覚悟を知らなかった。

 彼の死を自分の責任だと捉え、自分のふがいなさを悔やんだ。


 もし、知っていたとしたら?


 きっと彼女は、ラウルが命を投げ出そうとする行為を止めただろう。

 全力で彼の身を守ろうとしただろう。


 その結果、あの岩にベレニスの名も刻まれることになったかもしれない。

 もしかすると、刻んでくれる者すらいなかったかもしれない。

 客観的には、彼の取った行動は最善策だったのだ。


 それは分かる。

 分かるけど、それでも彼を死なせたくなかった。


「う…………。くっ……」


 嗚咽をこらえて涙を拭うマルクの頭に、アロイスの手がぽんと置かれた。


「泣かないでくれ、マルク。ベレニスは彼の期待にちゃんと応えてくれた。彼が大切にしていたパーティの仲間は三人も生き残り、他の者たちの命も救った。それだけで、彼は報われたと思う」


 同じ時代を生きた記憶を持つ二人が、決して知ることのなかった彼らの思いと、その結果である未来を共有する。


 ラウルの死後、ベレニスはもう一人の生き残りとともに魔王討伐という偉業を達成する。

 そして現在、ラウルとベレニスの生まれ変わりは、当時の魔王の生まれ変わりを仲間に加えて、『死の森』に挑み、新たに出現した魔王を追っているのだ。


 なんという奇妙な因縁だろう。


 アロイスがふっと笑った。


「ラウルの記憶が戻った時は混乱しかなかったが、こうしてベレニスの生まれ変わりであるマルクと話せて良かったと思うよ」

「うん。俺も」


 マルクが目尻に涙が残った笑顔で、アロイスを見上げる。


「それにしても……あの日、ラウルに捧げる酒を私が用意したんだよなぁ。それを指示したのが、魔王の生まれ変わりだったんだから、本当に不思議な縁だ」

「その酒をあの場に注いだのは俺だしさ。ほんと、奇跡としか言いようがないよね」


 しみじみと話していると「マルク!」と名を呼ばれた。

 声が聞こえた方向に目を向けると、木々の間を通り抜けてくるヴィルジールとセレスタン、ジョエルの姿が見えた。


「ヴィル! もう体は大丈夫なのか」

「あぁ。セレスの悪意のこもった素晴らしい治療で、すっかり回復したよ」

「あははは」


 ヴィルジールはマルクの近くまでくると、怪訝そうに足を止めた。


「どうかしたのか、マルク?」

「え? なに?」


 何を聞かれているのか分からなくて問い返すと、彼の後ろから「あーっ! マルクっ!」と叫びながらセレスタンが飛び出してきた。

 彼はいきなり両手でマルクの頬を挟み込むと、ぐいと上を向かせる。


「どうして目が赤いんだ! どうしたんだ! 泣いたのか! 泣いたんだな! 誰のせいだ! 誰がお前を泣かせた!」

「な、なんでもないよ。ちょっと埃が目に入ったんだ」


 彼の尋常でない様子に、思わず嘘をついてみたが無駄だった。


「嘘つけ! そんなはずがない」

「リーヴィも涙目のようだが? 一体何が……」


 オリヴィエの異変にも気づいたヴィルジールが、原因を探すように周囲を見回すと、アロイスがすまなさそうに小さく手を挙げた。


「あー。それは、私のせいかと」


 そして。

 アロイスの告白を聞いた三人は絶句した。

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