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「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください  作者: 平田加津実
第1章 ラヴェラルタ家の令嬢は病弱である
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(6)

「妻のジョルジーヌと娘のマルティーヌでございます」


 応接間に入ると、すでにそこで待っていた当主のグラシアンから王子に紹介された。

 息子二人の紹介は、すでに面識があることと、先ほどまで殿下と一緒にいたことから省略されたようだ。


「初めてお目にかかります。ジョルジーヌ・ラヴェラルタでございます」

「娘のマルティーヌ・ラヴェラルタでございます」


 母と娘は揃って丁寧に頭を下げた。


 マルティーヌがそろりと顔を上げると、王子と目があってしまった。

 大嫌いな王族だとしても、自分が魔獣から助けた相手だ。

 二人の兄からはさんざんに言われていた彼だが、単純にどんな顔をしているのか気になっていた。


 今朝は閉じていて見られなかった彼の瞳の色は深い緑。

 整えられた銀の髪は前髪がすっきりと上げられ、凛々しい眉が見えていた。

 フリルのついた絹の白いシャツをまとった彼は、長剣を握り戦っていた時との印象とは全く違う、優男の雰囲気だ。

 なのに、彼の洗練された高貴な佇まいに、思わず後ずさりたくなってくる。


 怖い——。

 これまで、どんな凶暴な魔獣を目の前にしても、恐怖を感じることなどなかったのに。


 社交において、相手が百戦錬磨なのに対して、自分は実践を知らない超初心者。

 その経験値の差に恐れを抱くのだろうか。


 そもそも社交どころか、家族や使用人、騎士団の団員以外の男性と接することすら、これまでほとんどなかった。

 ましてや、最大限に着飾った令嬢姿では全くの初めてなのだ。


 どうしよう……。


 戸惑いながらも、王子から視線を外せなくなっていると、彼は微笑みを浮かべて近づいてきた。


「あぁ、花のように可憐だね。オリヴィエとセレスタンが自慢する訳だな。マルティーヌ嬢、これからでも社交界に顔を出さないかい? 最初のダンスの名誉は、ぜひ私に与えてほしい」


 優雅な所作でマルティーヌの白い手袋を纏った手を取り、その甲に唇を寄せる。

 彼の気障な行為も賞賛の言葉も、貴族流の社交辞令であることは、さんざん教育を受けたから頭では分かっている。

 分かっているのに不覚にも、一瞬、頬が熱くなった。


「お、恐れ多いこ……とに、ございましゅ……ぅ」


 なんとか返答しようとすると途中で声がうわずり、語尾は噛んだ上にしぼんでしまう。

 もう少し謙遜の言葉を続けるつもりだったのに、それも無理だ。

 初めて受ける、最上級の男性からの令嬢扱いは、殺傷力が半端なかった。

 あまりの恥ずかしさに、頬の熱が顔全体に広がる。


 その様子にヴィルジールは目を見張った後、くすりと笑う。


「おや? 随分とお可愛らしい」

「あぁぁ……あの……」

「ああ、これまで大切に育てられた大輪の花を、こうやって間近で愛でることができた最初の男が私なのですね。なんと光栄なことだろうか」

「…………ひっ……」

「許されることなら、いっそこのまま手折って私だけの花にしたいものだ」


 もう、どんな対応をすればいいのか分からないし、分かったところできっと動けない。

 明らかに面白がっている王子の前に捕らわれた右手を残したまま、じりじりと後ずさる。

 すると、不甲斐ない娘に母親が助け舟を出してくれた。


「申し訳ありません、殿下。娘は病弱で部屋にこもりがちのせいか、かなりの人見知りでございます。どうか無作法をお許しくださいませ」


「さ、殿下。お茶の用意ができたようですのでお席に」


 すかさず父親が王子を誘導する。


 よかった……。

 助かったぁ〜。


 ようやく右手が解放され、言葉責めからも逃れて、ほっとしたマルティーヌは、その場にへたり込みそうになったがかろうじて堪えた。


 それぞれが席に着き、お茶が運ばれてくる。


 王子とマルティーヌは、テーブルを挟んで対角線のいちばん遠い席だ。

 王子に娘を売り込もうという野心を持つ親なら隣に座らせるだろうが、その一等席に座っているのは長兄。

 その隣に次兄、正面には当主が座り、包囲網は万全だ。


 王子のお相手はお父様たちしてくれるんだよね。

 とりあえず、俯いておとなしく座っていれば大丈夫なはず。


 少し余裕ができたマルティーヌは、ティーカップで顔を隠しながら、王子の斜め後ろの窓際に佇む人影に、ちらりと視線を向けた。


 そこに立っていたのは、王子と同じ年頃の青年。

 前下がりの短いボブヘアの黒髪には、右側だけに編み込みがあり、耳が見えている。

 身につけているのは直線的なデザインの飾り気のない白いシャツだ。


 おそらく彼が、兄が話していた王子の側近、ジョエルだろう。


 巨躯魔狼に肩を噛まれて藪に放り投げられ、かなりの重症を負ったはずだが、今は顔色が悪い以外は問題はなさそうだ。

 あの場を任せてきたバスチアンが命をつなぎ、セレスタンが傷を治したのだ。


『二人とも、さすがいい仕事するな』などと感心していると、不意に名を呼ばれびくりとなった。

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