(4)
「せやあぁぁっ!」
オリヴィエはマルクに背中を預けて、正面から向かってきた一節だけの魔虫の脚を切り落とした。
虫はバランスを崩してひっくり返り、上を向いた腹に飛び乗ったマルクがもう一本の脚を叩き切った。
「そろそろ皆、魔力の限界だろう? リーヴィはどう?」
「俺は胴体を斬っていないから、まだいける。だが、クレマンとヴィルは厳しいんじゃないか」
「クレマンは、さっき毒の治療を受けて休んでたけど……彼はあまり魔力は多くないもんね。ヴィルは……」
ヴィルジールの魔力量はクレマンより多いものの、オリヴィエと同程度。
指揮をとるために無理な戦闘をしない団長と違い、ヴィルジールは積極的に戦っており、魔虫の胴体を三箇所切断した。
すでに、かなりの魔力を消耗しているはずだ。
魔力切れは自覚症状がほとんどないまま突然起きる。
もしかすると次の瞬間に落ちるかも——。
そう考えると、ぞっとする。
百戦錬磨の仲間達も、これまでに経験のない過酷な消耗戦に、いつ誰が魔力切れを起こしてもおかしくない状況だ。
「もう止めよう! ヴィルだけじゃなくて全員だ! 魔力消費の激しい、本体への攻撃を中止して!」
「中止してどうする?」
「俺が一人でやつを切り刻むから、みんなで徹底的に心臓を探してくれ。心臓を突けば終わるんだから。あぁ、もう! うざいなぁ」
先ほど二人で切断した脚が早くも再生を始めた。
まだ柔らかくて細い脚をマルクが一気に刈り取る。
「お前一人で大丈夫なのか?」
「ん。少なくとも、あと十回は斬れると思うけど……」
討伐の場ではいつも憎らしいほど自信満々のマルクだが、今回は歯切れが悪い。
オリヴィエの眉がピクリと動いた。
バラバラに切断された大針百足には、触覚も目もないため、猛毒のある脚で闇雲に動き回っているだけだ。
人間を攻撃をする意思はない。
長時間放置すれば、動かなくなる可能性もある。
だから、倒しきれない場合は、退却もやむなしだろう。
「分かった。お前も無理をするなよ。あと十回斬る間に決着がつかなかったら、一旦、引いて体制を建てなお——」
オリヴィエが周囲の仲間の様子を見回した時、大針百足が這い出してくる中央付近の魔力が急激に膨れ上がった。
仲間たちの視線が一斉に穴のある方向に向く。
「な、なんだ!」
「何が起きている。どうして魔力が……」
次の瞬間、大針百足が凄まじい勢いで穴から這い出し始めた。
いや、無理やり押し出されていると言った方が近いだろう。
地上にある体の動きより、押し出されるスピードが速すぎて、長い体が空に向かって大きく山なりになる。
体の両側にある無数の長い脚が、空中を泳ぐようにバラバラに動く。
「なんで、急に——」
騎士団の仲間達は魔力切れ寸前にまで疲弊しているのに、大針百足とあの穴は衰えるどころか勢力を増してきた。
これでは到底敵わない。
魔虫はみるみる長くなり、山なりになった体は波が寄せるように前方に大きく曲がってきた。
このままでは潰れるか倒れる危険性がある。
あの巨体が倒れたら、周囲への影響が大きすぎる。
「まずい! 巻き込まれるぞ! 全員、退却! 今すぐ逃げろ!」
オリヴィエが声帯を強化して声を張り上げた。
動かなくなった魔虫の残骸が行く手を遮り、足元に散らばる切断された脚は今だに猛毒を持つ。
切り刻まれてもなお動き回る節は、力尽きた自身の体を乗り越えるほどの機動力がある。
つぎつぎと吐き出されてくる長く巨大な胴体は、散らばる体の欠片を跳ね上げ、なぎ払っていく。
刻一刻と状況が変わる中、退路を見つけ出すのは並大抵のことではなかった。
そんな中、ヴィルジールは討伐の場の中心付近、魔虫が這い出てくる穴のそばにいた。
マルクの背中がひゅっと冷える。
「あ……の、馬鹿! どうしてあんな場所にいるんだよ!」
そこは、さっきまでマルクがいた場所だった。
穴の近くは、魔虫が前進するだけのため比較的安全で、効率よく確実に魔虫を切断できる絶好の場所だった。
彼は壮絶な戦闘の最中にあっても、周囲の状況をよく把握し、最善策を取ろうとしていたようだ。
マルクがその場を離れるのを見て、代わりを務めようとしたのだろう。
彼の判断は、その時点では正しかった。
しかし、比較的安全だった場所は、想定外の事態によって、どこよりも危険な場所に変わった。
「ヴィル! 早く逃げろ!」
彼は、障害物に囲まれ動けなくなった魔虫の節の上で、頭上をかすめていく無数の脚をかわしながら、足元に新たに生えてくる脚に対応するだけで精一杯だ。
そこから一歩も動けなくなっていた。
「俺は大丈夫だ! 後から行くから、マルクは先に逃げろ!」
ヴィルジールはそう叫び返してきたが、明らかに大丈夫ではなかった。
山なりになって這い出し続けている魔虫の胴体がバランスを崩したら、間違いなく巻き込まれてしまう。
巨大な体の直撃には免れても、周囲に数え切れないほど存在する鋭く尖った脚が刺されば致命傷になりかねない。
だめだ。
あれじゃ、逃げられない。
「くそっ!」
マルクは高く跳躍して、まだ動きのある古い胴体の上に飛び乗った。




