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「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください  作者: 平田加津実
第7章 『死の森』の奥地に残されたもの
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(3)

「僕のかわいいマティ。どうか無事で」


 少年の姿の妹を見送りながら、セレスタンが祈るように呟く。


 その呟きが終わる前に、彼女はオリヴィエの背後に迫っていた敵の脚を切り落とした。

 オリヴィエがマルクの背を労うように叩いて笑顔を見せた。

 その後二人は、周囲の魔虫を蹴散らしながら、何やら相談をしている。


「ああ……かわいい。かわいくて、かわいくて、凛々しいなぁ」


 誰よりも強く、気高く、愛おしい妹。

 うなじをすっきりと刈り上げた短髪の後ろ姿も美しい。


 勇者の生まれ変わりである彼女が、そんじょそこらの魔獣に負けるはずがないと分かっていても、危険な場所には出したくなかった。

 それが無理なら、せめていつものように一緒に戦いたかった。

 兄と妹が並んで立つあの場所に、加わりたかった。


「なのに、どうして奴には攻撃術が効かないんだよ!」


 セレスタンがクレマンの背中の傷口に、毒消薬をぐりぐりと力任せにすりこんだ。


「い……だ、だだだ……。セ……レス、八つ当たり、やめ……っ」

「いいよなぁ、クレマンは。僕が傷を治したら討伐に戻れるんだからさ。なのに僕は、ここで、みんなが傷つくのを眺めてるだけなんだよ!」


 仲間を呪いそうなほど自棄になっているセレスタンを見かねて、年長のパメラが諭すように言う。


「セレス、治癒術だって大事な役目だろ? あんたが仲間の傷を治さなかったら、あたいたちに勝ち目はないんだよ?」

「そんなこと、分かってんだよ! でも嫌なんだ!」


 三年前、ラヴェラルタ騎士団は、灰翼蜥蜴の討伐で多くの負傷者を出した。

 同行した魔術師だけでは治癒が間に合わず、持参した医薬品も底をつき、撤退するに至ったのだ。


 当時、団長を務めていた父親も大怪我を負った。

 彼は自分より団員の治療を優先させたために自身の治療が間に合わなかった。

 そして怪我の後遺症により、騎士団を退くことを余儀なくされた。


 あの時、自分にもっと力があれば——。


 治癒や回復術も、魔術師の重要な役割であることは身にしみて分かっている。

 それでも、仲間達が命がけで戦っている今、一緒に戦えないことが悔しくてたまらない。


「僕の攻撃術が効く敵だったら、みんな、あんなに苦戦しなくてすむんだよ。僕がどれだけ優秀な魔術師だったとしても、相手に効かなきゃ役立たずなんだ」


 言っても仕方がないことをぐだぐだ言っているうちに、クレマンの背中の傷は治癒術で完治した。

 飲ませた解毒薬も効いてきたらしく、顔色もかなりましになった。


「マルクにかけてやれなかった回復術もかけてやるから、さっさと戻れ!」

「おう! 恩に着るぜ。やっぱお前は、最高の魔術師だよ!」


 クレマンがセレスタンの背中を感謝と激励を込めてぱしりと叩いた。


「さっさと行ってくれ!」

「おうよ!」


 クレマンを見送りながら、深いため息をつく。


 そんな彼の隣にジョエルが屈み込み、「気持ちは分かります」と、同じほど深いため息をついた。


「でも、私の方がよっぽど役立たずですよ。一応騎士なのに魔獣と戦うには力が足りないし、唯一の長所だった標的視も、今は使い道がないんですから」


 ジョエルは人間相手の剣の腕はそれなりに立つが、魔獣相手では、動きが鈍い中型魔獣を倒すのがやっとだ。

 手ごわい相手の時は、仲間の足手まといになりかねないため戦闘に参加させてもらえない。


 彼の特殊能力は、魔獣の特定や場所を検知するときには有効だが、敵が目の前にいる一体だけの時は全く必要がない。

 今は、避難場所の周囲の防衛と、負傷者の救護に当たっている。


 毒を受けた者が重症化しないよう、迅速に治療を始める必要があるから、重要な役目だとは分かっている。

 けれど、どうしても負い目をを感じてしまうのだ。


「ジョーはさ、ばらばらにされた大針百足の胴体を視ることはできるの?」


 セレスタンがふと思いついたように言う。


「え? どういう意味ですか」

「いいから、やってみて」


 セレスタンが何を要求しているのか分からなかったが、ジョエルは死闘が繰り広げられている場に目を向けた。

 一番近くに裏返しになってもがく一節がいたため、試しに一節に切断された魔虫を標的にしてみた。


 すると、視界に映るのは一節の魔虫だけになった。

 二節を標的にすると、二節だけしか視えない。

 彼の特殊能力は、標的とするものの形状を思い描けるかどうかが鍵なのだ。


「おお! 節の数ごとに視分けることができます」

「ってことは、節の塊ごとに別の個体のように視えるのか?」

「そんな感じです。おそらく、数を想定しないで胴体を漠然と標的にすると……ほら、全部が視え……ああっ、違う! 動かなくなったやつは視えませんね」

「じゃあ、脚だけでは? 胴体にくっついている脚と、切り落とされた脚は視え方が違う?」


 脚の形を観察し標的にすると、思わず「ひっ!」と悲鳴が漏れた。

 無数の脚だけが動き回る鳥肌ものの光景が視えるのだ。

 しかし、切り落とされて石の床の上に散らばっている脚の大半は視えない。


「すごい! 体のパーツだけでも標的にできるようです! でも、切り落とされて動かなくなった脚は視えません」

「なるほど。あくまでも生きたパーツが視えるんだ。じゃあ、奴の心臓は?」


 セレスタンの問いかけに、ジョエルははっとなる。


 今、仲間たちは大針百足の心臓を必死に探している。

 どこかの節にある心臓さえ貫ければ、切り離されても動き回るあのやっかいな魔虫の息の根を止めることができるのだ。


 もし、心臓を視ることができれば、この死闘は一気に片がつく。


 しかし——。


「……百足の心臓は、どんな形をしてるんですか?」

「知らない」

「だったら、無理じゃないですか!」


 ジョエルはこれまで何度か、バスチアンの言葉での説明から想像力を駆使して、見たことのない魔獣の姿を探し当てることができた。

 しかし、今回は全く手がかりがない。

 動物の心臓ならある程度想像できるが、虫では皆目見当もつかない。


「なんとか探し出せ! 頑張ればできる!」

「知らないものをどうやって探せって言うんですか! 視えたとしても、それが正解かどうかも判断できないのに。だったら、セレスこそあの穴を消してくださいよ! この国最強の魔術師なんですから!」


 セレスタンに無茶ぶりされ、珍しくかっとなったジョエルが、巨大な百足が這い出て来る穴を指差して言い返した。


「消せるもんなら、とっくにやってるよ! お前も見ただろ! あの穴には魔術が効かないんだ」


 戦闘の中心にぽっかりと開いたままになっている穴には、今となっては近づくこともできない。

 最初に三種類の攻撃術を試してみたが、穴の中に吸い込まれてしまい、何一つダメージを与えることはできなかった。

 穴の外側を狙ったとしても、そのまま遮るものなく通過するだけだろう。


「魔術攻撃以外であの穴を消す方法……?」


 セレスタンが、いまだに魔虫の胴体を吐き出し続けるおぞましい穴を見つめて考え込む。


「色も形も分からない心臓を視る方法……?」


 ジョエルも大針百足の心臓の形をあてずっぽうに想像しながら、同じ方向を視た。

 当然、普通の光景しか見えなかった。

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