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「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください  作者: 平田加津実
第7章 『死の森』の奥地に残されたもの
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(2)

 大針百足の胴体の切断は、予想以上に困難だった。

 節の境目は殻ほどではなくともかなり硬いし、中には管のような弾力のある内臓や粘度の強い体液などがみっちりと詰まっており、斬った感触がずしりと重い。

 仲間たちの手前、難なく斬っているように見せているが、身体強化で消費する魔力は半端なかった。


 あと何回斬れるだろうか。

 十回?

 それとも、まさか五回とか?

 このまま心臓が見つからなかったら、近いうちに魔力切れを起こすかもしれない。


 魔力切れの経験は三年前の一度きり。

 その時は、一人で一晩中、灰翼蜥蜴シニスラチェルタと戦い、百匹以上を斬った後だった。


 それ以来、魔力切れの経験はないし、魔力の枯渇を不安に思ったこともなかった。

 だから、今回のような戦い方でどれほど戦い続けられるのか、自分でも分からなかった。


 少なくとも、三年前より早く魔力が切れることは間違いない。


 それほど、手ごわい相手だった。


 絶対に、魔力切れで倒れるわけにはいかない。

 俺が抜けたら、勝機はない。

 それにもし、魔虫が蠢く中で気を失えば、誰かが命がけで助けに来ようとする。

 仲間をそんな危険に晒すことはできない。


 十八箇所目の節を切断したマルクは、一旦、戦線を離脱しセレスタンの元に向かった。


「セレスっ!」


 声をかけると、彼は毒に侵された剣士のマチューを治療しているところだった。

 マチューの体内にはすでに毒が回っているらしく、顔は土気色で息も荒い。

 やはり巨大な大針百足の毒はかなり強く、即効性があるようだ。


「はい、これ飲みな!」


 パメラがマチューの上半身を起こすと、無理やり口に薬を流し込む。


 セレスタンは魔虫の脚がかすめた右肩をナイフで大きく切開し、毒消薬をたっぷりすりこんでから魔術で傷を塞ぐ。

 病気と同じく、毒も魔術で消すことができないから、こんな荒っぽい治療法しかない。


「うっ……。くっ!」

「悪い。もう少し堪えてくれ。毒のせいか、なかなか傷が塞がらないんだ」


 この国トップクラスの魔術師でも、かなり苦労しているようだ。


「セレス! クレマンがやられた!」


 ジョエルが、がっしりした体つきのクレマンを半分引きずるようにしてこちらに向かってきた。

 別の魔術師が急いで手助けに向かう。


「すまんな。気を抜いたつもりはなかったんだが……」


 クレマンの顔色もみるみる悪くなっていく。

 彼は背中をざっくりとやられていた。


 この様子じゃ、セレスの回復術をあてにするわけにはいかないな。


 そう判断して、だまって回復薬が入った箱を開けると、留め金を開く音を耳にしたセレスタンが驚いて顔を上げた。


「おい、マルク。まさか、お前がそれを飲まなきゃならないほど大変なのか!」


 精鋭部隊がかなり苦戦をしていることは、見れば分かる。

 しかし、桁違いの魔力で底上げした人間離れした戦闘力を誇るマルクが、回復薬の瓶を手にしているのだ。

 それだけで、かつてないほど深刻な状況であることを示している。


「終わりが分からない消耗戦だからね。少しでも回復させておこうと思って」

「だったら僕が」


 セレスタンは握っていたナイフを置くと、その掌をマルクに向けた。


「だめだよ! 俺はいいから、早くマチューとクレマンの治療をしてくれ。彼らも大事な戦力なんだから。それに、負傷者はまだまだ来るはずだから、セレスの魔力は有効に使わないと」

「お前に回復術を使う以上に有効な使い方なんて、あるはずがないじゃないか!」

「俺は回復薬を使うからいいんだって! この薬だってセレスが調合したものだろ!」


 そう説得しながら、慌てて小瓶のコルク栓を抜いた。

 急がないと、問答無用で回復術を使われそうだった。


 マルクもこれまで回復薬を飲んだことがなかった。

 以前、ヴィルジールが同じ薬を飲んだ時、凄まじい不味さに苦しんでいた様子を目の当たりにしたから、本当なら飲みたくない。

 しかし、そんな甘ったれたことを言える状況ではなかった。

 あれこれ考えると飲めなくなってしまうから、鼻をつまんで、一気に中身を喉に流し込む。


 味を感じる前に飲み込んでしまえ!


 そう思ったのだが、ごくりと飲み下して目を白黒させた。


「うっ…………ん? んんん? あれっ?」

「美味いだろ、それ」


 セレスタンがクレマンの背中の傷を、ナイフで容赦なく切り開きながら笑う。


「ほんのり柑橘系で、おいしい! なんで? 前にヴィルが飲んでたときは、毒かと思うほど苦しんでたのに、おいしいってどういうこと?」


 口当たりがすっきり爽やかで、薬草臭もほとんどない。

 とろみのあるハーブティーのような味わいだが、お茶と違うのは、液体が胃に落ちた途端、全身がかっと熱くなり全身に力がみなぎってくる点だ。


「それはマルクが飲むことも想定して作った、ラヴェラルタ騎士団専用ブレンドなんだ。第四王子殿下専用ブレンドより少し効能は落ちるけど、討伐現場でえずいてたんじゃ、仕事にならないだろう?」

「あははは。さすがセレス! おいしいは正義だよ!」


 マルクは笑いながらもう一本飲んだ。


「よし!」


 回復薬のおかげで体が軽くなった。

 これなら、身体強化に使う魔力を少し減らしても大丈夫そうだ。

 たった一撃で使い切りそうな微々たる魔力の節約でも、それが勝敗を分ける可能性だってある。


「ありがとう、セレス。行ってくる!」

「あの毒のある脚には気をつけて。僕は……僕は、マルクの肌だけは絶対切りたくないんだからね。そんなこと……そ、想像するだけで……」


 泣けてくるらしく、兄の声が震えている。


「もぉ、心配性だなぁ。大丈夫だよ! 奴はきっと倒してみせるさ」


 マルクにっと笑って地を蹴ると、仲間達が奮闘する場へと戻った。

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