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「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください  作者: 平田加津実
第7章 『死の森』の奥地に残されたもの
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(2)

「さあ、そろそろ行くぞ! 日暮れまでに決着をつけるからな!」


 オリヴィエの声に、全員がはっとなる。

 ぴりりとした緊張感が周囲に走った。


 向こうを見渡すことができないほど密集した針葉樹の林は、死者の国でもあるかのように静まり返り、得体の知れない恐怖心を掻き立てる。

 ベレニスですら、初めてこの林に足を踏み入れる時には躊躇したほどだったが、彼女の記憶からも、ここが安全な場所であることは分かっている。


「この林の中は、魔獣どころか蚊にだって襲われることはないんだ。緊張するのはまだ早いよ。気楽に行こう!」


 マルクは周りを鼓舞すると、先陣を切って颯爽と歩き出した。





 二時間近く歩くと、前方の木々の隙間が明るく見えるようになった。

 四百年前は、この距離から幻の『魔王城』が部分的に見え、足がすくむような禍々しさを発していた。

 しかし今は光が見えるだけで何もない。

 その場所はぽっかりと開けているようだ。


「どうだ、何か分かるか? 魔王の気配は?」


 オリヴィエに聞かれてセレスタンは首を横に振った。


「何の魔力も感じない、静かなもんだよ。遠視術を使っても、さらに向こうの林が見えるだけで何もない」

「人間の姿はありません。知ってる限りの魔獣の姿もないですね」


 続けてジョエルも答えた。


 マルクも遠視術を使ってみたが、兄と同じ景色を見ただけだった。

 地面に草が生えている様子はないから、石の床はそのまま存在するのだろう。


「確かに、これといったものはなさそう。ヴィルはどう?」


 魔王の生まれ変わりなら、何かしら感じ取れるものがあるかもしれないと思ったが、ヴィルジールも「いや」と首を横に振った。

 彼の顔は緊張でこわばっているものの、彼自身に異変が起きている様子はない。


「よし行くぞ。マルクとセレスが先頭だ。何も感じないからといって警戒を怠るなよ。ヴィルは念のためパメラと共に隊列の中央にいてくれ」


「了解! さ、行くよぉ」


 久しぶりにマルクの隣を指定されたことで、セレスタンは上機嫌だ。

 彼は、現時点で脅威はないという自分の見立てと、魔術の実力に自信を持っているから、未知の場所であってもひるむことはない。

 マルクより先に、どんどん進んでいく。


 マルクにとっても、別方向に最強の彼と組むのは心強かった。


 やがて、目の前を遮るものが何もなくなった。


「わ……ぁ、何もない」


 そこは、ベレニスが魔王を倒した直後の風景とほぼ同じだった。


 ラヴェラルタ騎士団の鍛錬場がすっぽり入りそうなほどの広さに、表面を粗く削った石が大きな円形に敷き詰められており、その周囲を高い木々が取り囲んでいる。


 ただ、円の中央にあったはずの椅子がなくなっていた。


 わずかに傾いた太陽が、こちら側の大木の影を石の床に写しているが、全体的に明るい雰囲気だ。

 深い森の奥に現れた人工的な場所だから違和感は感じるものの、怪しい気配やおぞましさは一切感じない。


 マルクとセレスタンは林が途切れる最後の木々の間に立った。

 一歩踏み出すと、石の円の中に入ってしまうギリギリの場所だ。


「セレス、どう?」

「うーん。魔力は全く感じないな。周囲にも何もいなさそうだし」


 この国最強の魔術師が、目を閉じたまま眉間にしわを寄せる。


「だが、おかしい」


 いつの間にか、ヴィルジールがセレスタンとは反対側の隣に立っていた。


「ヴィル。何か気づいた?」

「いや……。だが、この場所が四百年間も放置されていたら、土や落ち葉が積もっていてもおかしくないし、草や木も生えるはずだろう。なのに、何もないのは不自然だ」

「たしかに、きれいすぎるよね」


 四日前に発見した英雄の名が彫られた大岩は蔦に覆われていたし、荒地だった周囲は草が生い茂っていた。

 この場所もそうなっているのが普通なのだ。


「じゃあ、この場所は、今も何らかの力を持っているということなのかな」


 セレスタンが納得がいかない顔をして屈み込み、手を伸ばした。

 昔ここに、魔王を閉じ込めていた透明な壁があったというが、手を阻むものはない。

 彼はしばらく石の床の上に手をかざしたままでいたが、やはり何も感じ取れないらしく、唸るだけだ。


「そもそも、周囲の林に生き物の気配がないのもおかしいんだ。何かが巧妙に隠されているのか、もしくはつい最近まで、この場所が生きていたということなのか……」


 ヴィルジールが足元の小石を拾い、かつて椅子があった場所を狙って投げた。

 しかし、投げた石は硬い石の床を何度か跳ねただけで、特に異常は見られない。


 同じ場所にセレスタンも魔力を撃ち込んでみたが、魔力に触発されて何かが発動するということもなかった。


「入ってみようか」

「気をつけろよ」


 マルクが石の上に一歩踏み出したが、やはり何も起こらなかった。

 何度か軽く飛び跳ねてみたが硬い感触が足裏に伝わるだけで変化はない。


 ヴィルジールも「もしかすると俺なら……?」と続いて円の中に入ったが、同じだった。


「どういうこと?」


 二人は顔を見合わせた。

 全く何もないことは想定していなかったから、拍子抜けした気分だ。


「ここに魔王はいないのか」

「残念。鼠もいなかったね」

「まだ、そんなこと言っているのか」


 ヴィルジールが呆れたように言った。


「リーヴィ! とりあえず大丈夫そうだ。どうする?」

「よし。それなら二班に分かれて調査しよう」


 マルクの報告を受け、団長は精鋭部隊を二つに分け、円の中と、周辺の林の中の調査を指示した。

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