(5)
「だけどさぁ、あのヴィルジール殿下だよ? こんなに綺麗なマティを見せたくないよ」
次兄が心底嫌そうに眉をひそめ、少々間延びした口調で言う。
彼はヴィルジール殿下とは同い年だが、騎士学校ではなく魔術学校に通っていたため、学生時代の接点はない。
しかし、現在は腕利きの魔術師として王城に呼ばれることも多いため、殿下とは面識があり、彼の醜聞を耳にすることも多かった。
「どういうこと?」
「彼は王子という身分もあるし、ほら、あの顔だろう? 令嬢たちが放っておかないせいもあるけど、とにかく女性関係がだらしないんだよ」
「え? ホントに?」
あの顔と言われても、目を閉じた顔しか見ていないから分からないが、彼は、そんな軟派な男には見えなかった。
巨大な魔獣を前に、ひるむことなく立ち向かい、魔獣に捕らえられた従者を助けようと必死だった。
拝借した使い込まれた長剣からも、彼の勇敢な戦いっぷりが見て取れた。
だから、悪い印象はなかったのだが。
「婚約者を事故で亡くされるまでは、そんなことはなかったんだがな。騎士学校時代も浮いた話はなかったし。どちらかといえば、剣の実技以外は何にも興味が持てないようなご様子だった」
以前のヴィルジールを知るオリヴィエは少し擁護するが、セレスタンは辛辣だ。
「婚約者がいなくなって箍が外れたんだよ。今はただの女ったらしだ! 自分の見目と王族の地位を武器に、目につく令嬢をかたっぱしから食って……」
「セレス!」
弟のあまりの不敬を兄が止めた。
「だから、王族って嫌いなのよ! ぜーったい、関わり合いたくないっ!」
権力があれば何をしても良いと思っている彼らへの嫌悪感がさらに募り、マルティーヌは吐き捨てるように言った。
「大丈夫。相手が誰であっても、マティは俺たちが守るから」
「うん」
兄たちの言葉を心強く思っていると、ドアを叩く音が聞こえてくる。
現れたのは執事だ。
「皆様、ご主人様がお呼びです。応接室までおいでください」
「うわぁ……」
マルティーヌが顔をしかめた。
この後、応接室でヴィルジール殿下にご挨拶をし、食堂に移動して共に夕食をとる予定だ。
社交界に出ておらず、他の貴族たちとの交流も一切なかったマルティーヌにとって、初めて会う貴人がこの国の第四王子という、かなり高いハードルだ。
豪華なドレスに本格的な化粧、高価な宝飾品も高いヒールも、ほとんど経験がない。
貴族令嬢としての教育は受けたが、これまで実践する機会がなかったから、ぶっつけ本番だ。
しかも、魔獣を倒した粗野な娘と自分との接点を悟られないように、令嬢として、より高い完成度を求められる。
さらには、病弱設定もつく。
「あぁ、やだやだ。魔獣を相手にするほうがよっぽどマシよ」
忌避感が強すぎて椅子から立ち上がれないでいると、母親が両手をしっかりと握った。
「さあ、しゃんとなさいマルティーヌ。殿下にあなたの美しさを存分に見せつけるのよ。けれど、決して見初められることのないようにね」
「そんな難しいこと言わないでよぉ」
ハードルは、母親によってさらに高く上げられてしまった。




