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「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください  作者: 平田加津実
第7章 『死の森』の奥地に残されたもの
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(5)

「ああ、うるさい!」


 マルクは、襲いかかってきた魔狼らを八つ当たりのように切り刻んだ。


 失敗した。

 大失敗だ……。


 今回の遠征で、赤魔狼と遭遇したのは初めてだ。

 奴らは鷹翼騎士団との討伐演習時にも、遠征の準備期間にも、一度も見かけたことがなかった。

 だから、以前、赤魔狼に苦戦したヴィルジールが、現在の実力を実感するにはちょうど良い機会だと思った。


 でも、彼は大群を相手にするには初心者すぎた。

 実戦が足りなすぎたんだ。

 魔獣の大群に囲まれるような、本格的な討伐は初めてだったのに——。


「何が、実際に剣を振ってみたら分かる、だよ!」


 不安を見せていた彼を、あいまいな言葉だけで赤魔狼の大群の前に放り出した、無責任な自分を悔やむ。


 彼は最初の攻撃の後、難敵を一撃で仕留められるようになった自身の急激な成長に、戸惑いを見せていた。

 強くなったことは自覚していたはずだが、それ以上に、以前苦戦した赤魔狼の強さのイメージが強烈だったのだ。


 そこに、隙が生じた。


 いくら魔力制御が上達しても、丸太を瞬時に切断できるようになったとしても、実際の敵は生きた魔獣。

 それなりに、ものを考えることができる相手なのだ。

 隙を見せれば容赦なく襲いかかってくるし、連携を取ることもある。


 だから、もっと、適切な忠告をしておくべきだったのだ。


「くそっ!」


 もう一頭の獣も軽く切り伏せ、さっきまで座っていた大木の元に戻ると、セレスタンが不満を露わにした。


「あんな奴、助けてやらなくても良かったじゃないか!」

「彼はラヴェラルタ領で療養していることになってるんだから、怪我をさせる訳にはいかないよ」

「ちょっとぐらい狼にかじられたって、僕が治せばいいだけだろ?」


 セレスタンの治癒術で怪我は治っても、心に傷が残れば、今後満足に戦えなくなるかもしれない。

 そうなれば、今回の遠征計画に大きな支障をきたすだけでなく、ヴィルジールの王族としての未来にも傷が残る。


 彼が窮地に陥ったのは、俺が適切に指導しなかったことに原因がある。

 だから、手を貸すのは当然だ。


 けれど、そんなことをこの兄に言っても、納得してくれそうもない。


「兄さまの貴重な魔力は温存しておかないと……ね?」


 一瞬だけマルティーヌに戻って上目遣いに言うと、彼は「そうか? そうだな」とご満悦な顔になった。


 すぐ隣には、安全な聖結界の中から、大興奮で歓声を上げ、仲間を鼓舞するパメラの姿があった。


 アロイスら弓師は、右手のはるか遠くを目掛けて、魔力を乗せた矢を次々と射がけている。


 弓師のそばにいるジョエルは、バスチアンの説明で黒鎧猿の姿を視ることができるようになったらしく、目標を的確に指示していた。

 時々「よし、命中した!」などという、声が上がる。


 マルクやパメラのいる場所を中心とした周囲一帯では、騎士らが長剣や槍を手に赤魔狼の大群と戦っていた。


 最初は八十頭ほどという見立てだったが、その後、血の匂いに釣られて数が増えていき、今ではかるく百頭を超えただろう。

 しかしその半数以上はすでに死に絶えており、順調に討伐が進んでいる。

 ざっと見たところ怪我人は出ておらず、待機している魔術師は暇そうだ。


 マルクのほぼ正面で剣を振るうヴィルジールは、すでに一人で二十頭以上を狩っていた。

 見掛け倒しだったベレニスの剣の型に強化術がうまく乗り、周囲の歴戦の剣士に引けをとらない戦闘力を発揮していた。


 もう、一瞬の隙も感じられない。

 どこから獣が襲いかかってきても、瞬時に反応できている。


「荒療治になったのかもしれないな」


 マルクが彼の動きを目で追いながら呟く。


 ほんと、負けず嫌いなんだから……。


 彼は、さっき陥った絶体絶命の危機も、マルクに救われた悔しさも、地面に投げ出された屈辱も、すべてを昇華して戦っている。

 そして剣の一振り一振りを、実力として着実に積み上げている。


 俊敏でキレのある動きで翻弄しつつ、地を踏みしめた重く力強い剣を繰り出し確実に獲物を仕留める。

 ベレニスに似た身長で手も足も長い彼の動きは、ダイナミックで華がある。

 魔力が足りないのは致し方ないが、それでもヴィルジールの戦いぶりは、今の時代に蘇ったベレニスの剣術そのものだ。


 すごいな。


 ベレニスはいつも周囲から憧れや羨望、驚嘆や賞賛の眼差しを集めていた。

 昔の自分を目の前に見ているような不思議な気分。

 「すっげぇかっこいい」と評したロランの気持ちが、少し分かる気がした。

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