(2)
「あぁ、あれは確かにひどいよね。全身が熱くて熱くない炎に包まれたように感じるんだ。全身のコントロールができなくなって、その後、燃え尽きて消し炭になったように……」
セレスタンがなぜか楽しそうに言う。
「そうそう……。いや待て、セレス。お前もあれを経験したことがあるのか?」
「あるよ。っていうか、僕がマルクに提案して、僕自身が実験台になったんだ。一番効果的な魔力の壊し方はどれか……とか、死なないぎりぎりレベルはどこかってね」
「くそっ! また、お前か!」
ヴィルジールが思わず叫んだ。
容赦ない拘束魔術や、毒薬かと思うほどの衝撃的な味の回復薬。
彼は妹が絡むと、あからさまな悪意、ともすると殺意まで向けてくるとんでもない魔術師なのだ。
またしても彼にやられたのかと思うと腹立たしい。
「いや、あれは我々も焦りましたよ」
「俺らはヴィルが遠征に同行しようと考えていたことすら、知らなかったんだぜ?」
ヴィルジールと行動を共にすることが多かったアロイスやクレマンも不満気だ。
王子の事情と思惑を全て知っていたのは、兄妹以外ではバスチアンだけだったが、その彼も、干し肉を噛みちぎりながら苦笑した。
「俺は話は聞いていたけど、合否までは聞かされてなかったんだよ。ま、王子様がぶっ倒れちまったのを見て、合格したんだって直感したけどな」
「だってさぁ、敵を欺くには味方からって言うだろ?」
仲間達の不平不満をセレスタンがすました顔で受け流す。
「確かに、そうだがなぁ」
実際、鷹翼騎士団の騎士らはもとより、ラヴェラルタ騎士団の者たちも、ヴィルジールの急病の原因を一切疑わなかった。
おかげで、送迎会の夜の緊迫した状況を作り出したのだ。
王都に戻ったヴィルジールの部下達は、第四王子の病状を深刻な顔で報告したはずだから、王子がラヴェラルタ辺境伯領で長い療養生活を送っていると、今も信じられているはずだ。
オリヴィエが「あれは仕方がなかったんだ」と弁明を切り出す。
「ヴィルが『死の森』に同行したいと言い出した時、どうやってこっちに残るつもりかと聞いたんだ。そうしたら彼は「どうにかなる」の一辺倒で……。まさか、鷹翼騎士団全員を残す訳にはいかないし、彼らだけを帰すのも難しい。手っ取り早いのが、病気になってもらうことだったんだ」
兄の話をセレスタンがうきうきとした顔で「だってさぁ」と引き継ぐ。
「ただの仮病じゃ、魔術の心得のある者には見抜かれてしまうだろう? ヴィルの騎士団にもそこそこできる奴がいたんだしさ。彼らに絶対バレない方法を模索した結果が、マルクの他者への強化術の応用だったんだ。おかげで僕は、実験中に何度か死にかけたよ」
そう言って隣から頬をつつくものだから、マルクがムッとなる。
「だって、加減が難しかったんだよ。うっかり王子様を殺してしまったら大変じゃないか!」
「ええぇぇ? 僕なら殺してもいいのぉ? お前に殺されるなら本望だけどね」
「だいたい、あの方法を思いついたのはセレスだろ!」
じゃれ合っているような二人の副団長を見ながら、ジョエルはふと思い出す。
「まさか、あの時……?」
あの事件直前、彼は標的視術で遠く離れた管理棟にいる三人の様子を探った。
セレスタンが机につっぷしているのを見て、酒に酔ったのだろうと気楽に思っていたのだが、実は死にかけていたのだ。
そこまで体を張ってくれていたことに、側近としては感謝しかなかった。
「おかげで、自然な形で我々だけが残ることができました。もともと殿……ヴィルは、遠征に同行が許されたら、横暴ぶりを発揮して無理やりラヴェラルタ領に残るつもりだったのです。そうしなくて済んで本当に助かりました」
彼は主をヴィルと呼ぶことにまだ慣れないようだが、言葉はなかなか辛辣だ。
これまで、王子の行動にかなり苦労してきたのだろうと、周囲の者たちは同情の目を向けた。
「俺にとってもいい収穫だったよ。俺は攻撃術は使えないけど、直接触れれば相手を倒すことができることが分かったし。超接近戦で役立ちそうだ」
マルクは満足そうに言うと、道中で収穫したベリーをデザートがわりに頬張った。
指一本でヴィルジールを昏倒させた術は、ヴィルジールの腕に触れて魔力をコントロールした経験をセレスタンに話したことがきっかけだ。
「魔力を整えることができるんなら、壊すこともできるんじゃない?」と指摘され、兄を相手に実験を繰り返して習得した。
自分の魔力消費量はごく僅か。
体外に魔力が漏れ出すことがない特殊体質も幸いし、誰にも気付かれずに手を下すことができる、まるで暗殺術だ。
人間相手では加減が難しいが、魔獣相手なら容赦はいらない。
これまで、膨大な魔力を持っていても、身体強化にしか使えないことがコンプレックスだったから、攻撃に応用できることが嬉しかった。
「それならひと思いに首を落とされた方が、魔獣だってよほど幸せだろうよ」
死ぬかと思うほどの散々な思いをしたヴィルジールは、ご機嫌のマルクに冷ややかな目を向けた後、ぐるりと周囲を見渡した。




