僕はミツバチになりたいです。
…
ええっ、そんなっ!
そんなことってあります?!
うわあ、めっちゃくちゃ
ムカつくじゃあないですか!
僕だったら1発殴ってますね!
ええ、あなたは我慢しなきゃダメかもしれないです。でも、僕はそんなことありません
よ!なんたって無関係なので!
その人は僕に、なんの関係もない、なんなら初対面の謎の人物に突如殴られるわけです!
ははっ!!なんだか面白いですね!
理由?ありますとも!
あなたでイラッときたのなら
僕ならもう、激怒ですからね!
え、謎の信頼って…ふふっ
謎なんてひどいですよ?
何年の付き合いだと思ってるんです?
わりとしっかり信頼してますよ
わりと……あははっ
すみません、冗談ですよ!
ああ、あなたに伝えなきゃならないことがあるのでした。
僕、ついに、、
就職先きまったんです!!
ありがとうございます
ええ、この前話したところです
そういえばこの前、
通勤ラッシュなるものを初めて体験しました。
人が多すぎるのも考えものですね
物理的に潰されますし
息苦しい気がしますし
迷惑をかけないようにと考えると
身動きが取れなくなります。
その後、
ものすごい人数がダダダッと流れ出ていって
工場のベルトコンベアーみたいなのが
敷いてあるのかなってくらい綺麗に右左に分かれて
右は加速、左は停止で、
動く階段を全員が少しの無駄もなく乗りこなして
ピッピッピピッピって
愉快な音をさせながら改札を淀みなく通り過ぎていく
あの流れに、
僕は、感動に似た何かを覚えました。
僕がですよ!
高校時代の団体行動が生理的に受け付けなくて、
頭の中が文句とテロリストとその撃退で埋まっていた、
この、僕が!
ですよね!でも僕が一番驚いてます!
まあ、それでですね、
重要なのは、
強いられているか、選んでいるか、
だと思うんですよ。
もちろん、あの満員電車にみんなが好き好んで乗ってるってわけじゃあないと思いますよ。
でも、あれがわかってて
その電車に乗ることを、
その時間にその線を使わないといけない仕事場を、
選んだのは、彼ら自身じゃあないですか。
それってかっこいいと思うんですよ。
中には、満員電車をなめてて
「こんなはずじゃなかったっ!」なんて
情けない声を内側で響かせてる
僕みたいなやつもいたかもしれません。
それでも、じっと我慢して、耐え忍んで、降りて、
あの秩序立った行動を取るっていうのにもまた、
人を人たらしめるなにかを感じるんです。
意地悪な見方をすればモブのモブによる行進でしたが、
魔王軍にだって勝てそうでした。
自我があって、本質のある、
主人公級のポテンシャルを持つ個が、何十何百も、
社会のために、それに属する自分のために、
理性で自分を押し潰して
モブです!あなたの害にはなりません!って顔してしている行進なんだってことが、
あの凄みとか、迫力の源泉なんでしょうか。
美しさすら感じました。
僕は多分、団体行動の意味に気づきだしたのだと思います。
そういえば、けっこう前に、日本人が働き蜂に例えられて笑われていたこと、ありましたよね?
あれ、どうしてなんでしょう?
たしかに悪い労働条件の中、
根性論で結果を出すなんて非効率極まりないと思います。
けれど、集団の役に立ちたいから、
自分の評価を上げたいから、
金をもっと稼ぎたいから、
他にも色々理由があって、
必死こいてせかせか働くのは
当然、というか人として理想的では?
まあ、最初のは嘘くさいですが。
僕は、いつのまにか、
オトナになる準備を終えていたのでしょうか。
背筋が寒くなるような心地がしないでもないですが、
まあ、オトナってやつになってやってもいいかなって
そう思います。
それと、もう一つ話したいことがあります。
少し前、
ハルジオンが道端で咲いていたんです。
仄かにピンクがかっているのが
恥じらっているようで、可愛らしくて
細かい花弁が春風にぴろぴろゆれるのが、
健気なようで、綺麗で、
とっても、
いいなあって、思いました。
小学校低学年の時ですかね。
僕の地区の子達だけかもしれないけれど
あの花を「貧乏草」と呼んでいたんです。
なんとももったいないことです。
それを一度でも聞いたなら
もう「貧乏草」にしか見えなくなってしまう。
そんな頃でしょう。
まえの僕がそれを聞いた上でこの花を見たのなら、
意地になって、
「この花は華やかです。貧乏さなんて微塵も感じません!」なんて自信満々に言ったのかもしれませんね。
そんなことを思いながらぼーっと見ていたら、どこからかミツバチが飛んできたんです
ハチはフワッと降り立つとしばらく花々と戯れて、それからまたフワッとどこかへ飛んでいったのです。
ああ、また綺麗な花が咲く、と
直感的に僕は思いました。
それから、あなたの顔が浮かんだのです。
僕にとってのあなたはミツバチだったのかもしれない、と思いあたったのです。
いつもせかせか飛び回って忙しそうにしているのに、
僕の前じゃあ、草臥れた様子も見せず、
僕についての話を頰を紅潮させてする僕を
静かに見つめていて、
聞いて欲しいと言ったら聞いて、
話してほしいと言ったら話して、
教えてほしいと言ったら教えて、
そうしてあなたは僕の大切な部分を導いてくれたのです。
僕が綺麗な花だって言っているわけじゃあないですよ。
そうそう、ブロッコリー、それかよくてカリフラワーです。
それでも、僕が花をつけたなら、
誰かを癒す、救う何かを成し得たのなら
それはきっと、あなたのおかげだと思うのです。
あなたは僕の大切な、偉大な、ミツバチでした。
あなたと関われて、恩を受けた日々が
僕は、得難くてとても素敵な日々だったと思っています。
だから、どうにかしてこれを、誰かに繋げていきたいと思うのです。
だから僕はミツバチになりたいです。
…
そうです。
僕はもうすぐ上京して、戻りません。
未練を全部断ち切って、
僕の全てをかけて挑むつもりなのです。
僕の名前を聞かないのなんてほんの少しの間ですよ。
きっとすぐに有名になって、ここまで届くようにになるんですから。
ですから、
どうか、
どうか、忘れないでください。
わがままだってわかっています。
けど、この生意気なクソガキを
ブロッコリーを
小説家の卵を
たまに思い出してください。
ハルジオンを見た時とか、
甘いものを食べた時とか、
僕の推し武将が大河ドラマに出た時とか、
黒いゴミ袋でも、カラスでも、
心理テストでも…いいですから!
どうか忘れないでいてください。
そして、僕があなたを
僕の指針にすることを許してください。
あれ?
なんだか目が潤んでません?
泣いていいのは旅立つ僕だけでは?
あははっ!
でも、あなたの中の僕がそんなに大きかったなんてちょっとだけ気分がいいです。
。。。なんてね、冗談です。
じゃあ、そろそろ行きます。
はい!頑張ってきます!
本当にありがとうございました!
縁が有れば、またどこかで!