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僕はカラスになりたくないです。



また会いましたね



この間はすみませんでした、

取り乱してしまって。


言い訳をさせていただきますと、

僕、あの日まともじゃあなかったんです。


普段はもっと理性的な男なんですよ。


恥ずかしいところを見せてしまいました。



いえ、どうせですから、


ついでに、またちょっと

僕の話を聞いてもらえませんか?




僕は僕の知らない僕がいるような気がします。




僕は学校からの帰り道

自転車で坂を下っていました。


そしたら突然、視界の端に

黒いヒラヒラしたものが入ったのです。


僕はそれがカラスに違いないと思って

冷や汗をかいて

大袈裟に避けて通り過ぎました。


そうしたあと、次の信号で止まった時、

僕はふと、あれは黒いゴミ袋だったなって

思いあたったのです。




僕はもう1人の僕に陰から見られているような気持ちです。




もう1人の僕っていうのはつまり、

あのカラスのことなのです。


信号待ちで気づくまで

僕の中には確かにカラスがいました。


それが僕と他人の間におこっているかもしれないってことなのです。



よくわからないですよね。

僕自身もそうです。

どう伝えればいいのでしょう。



でも、ああ、


例えば、そう、


「人はなににでもなれる」って

先生たちがよく言うじゃあないですか。


あれってつまり、カラスのことだと思うのですよ。


だって人間みんな、

ご立派な「なにか」になれるわけないんですから。


綺麗なところもあるかもしれませんが

結局、みんな自分のためにあるでしょう?


そしたら濁っちゃうに決まってるじゃあないですか。



でも、カラスなら


人生の一部で

すれ違った他人が僕を横目で見て

ああ、こんな人なんだなって認識する

その瞬間の中の僕なら


ゴミ袋がカラスになったように

「なににでもなれる」と思うんですよ。


それっぽい服を着て

泣いている子を助けたのなら


その子の中では、僕は

理想そのままのスーパーマンにだってなれてしまうわけです




僕は無数の僕がこちらを覗いていることを自覚しました。




ああ、


母さんにとっての僕と


兄さんにとっての僕と


先生にとっての僕と


隼人にとっての僕は


どれも違う、全然違う、



母さんのが一番長いから

一番僕にとっての僕に近いのでしょう。


でも僕的には隼人のが僕に一番近かったらいいと思います。僕、彼と仲がいいので。




さっきすれ違ったリーマンにとっての僕は


コンビニのレジ打ち店員にとっての僕は


昨日席を譲ったご婦人にとっての僕は



僕から一番遠いのでしょう。

いや、もしかしたら

僕は彼らの中に

存在すらしていないのかもしれません。


でもきっと、彼らの中の僕が

一番模範的なのだと思うのです。




僕は僕の大群に襲い掛かられました。




一番遠い僕が一番模範的なら


一番近い僕は

一番歪んでいるのかもしれない


どう歪んでいるんだ?

僕はどうみられているんだ?




母さんにとっての僕は?

理想の息子になれているだろうか?


いや、違う、

そうじゃないとわかってしまう!


母さんの中には


まえに、

ゴミ捨ての手伝いを嫌がって部屋で籠城した僕が


ずっとまえに、

リレーで3人に追い抜かれてびりっけつになった僕が


僕が覚えていないほどまえに

おねしょしたりだだを捏ねたりした僕が


まだ生きているのかもしれない



優しくて、才能に溢れていて、

将来有望な息子からかけ離れている!


なんてことだ!

綺麗さっぱり消してしまえないだろうか?




隼人は?隼人の中では?


昨日、彼に数学の課題を見せたから、

なんだかんだで優しい僕がいるだろう。


休日、遊びに行く時からすると、

金欠に喘ぐ僕や、

実はあまり運動が得意でない僕はいないだろう。


彼の前の僕は大体笑顔だしユーモアのセンスもある。


それでいて、

彼がよく僕をそう揶揄うように、

おとなしめの歴史オタクだ。



なんだ、僕、結構理想的なオトモダチじゃあないか!





あれ、おかしい、


なんだか遠い



全然近くない!ずっと遠い!



僕は彼に一番近くにいてほしいのに

彼にとっての僕は僕からかけ離れている!



近くにいたいから、

良い僕でいようとするのに、

そうすればするほど僕じゃなくなる



離れていく

  

なんだこれは?


何が起こっているんだ?



いったいどうすれば良いって言うんだ?



いっそ開き直って

他人の中に生まれる

完璧なカラスを思い描きながら

そうなれるように

生きていけば良いんだろうか?


でも、


でもそんなの、


ある日突然みんなに

「ああ、ただのゴミ袋じゃあないか」

って気づかれてしまったなら、


きっと僕の心はズタズタになって


僕は僕を見失ってしまう


ゴミ袋の僕を認められなくなってしまう。


そんなのだめだ




まてよ、

もしそのまんま僕がオトナになったら、


僕は、ゴミ袋だった僕は、いったいどこにいくんだ?


いったい誰が、

「ああ、ただのゴミ袋じゃあないか」

って気づいてくれるんだ?



誰も気づいてくれないよな


それもだめだ!


なんて堪え難い!そんなの息ができない!


僕はきっと僕に静かに締め落とされて死ぬ!


そのうえ、その死にすら僕は気付けないんだ


最初からカラスだったツラして

スカッスカの体で生きていくんだ!


受け入れられない!


忘れたくない!!



ああ、僕は僕にこんなにも固執している!





……



ああ、そうか、




…つまり、




カラスなんてもの最初からつくられないようにすればいいんですね!



先入観0の相手に

全てを曝け出したらきっと


僕は僕のまま相手の中で

生き続けられるでしょうから。


取り繕うことを選ばなければ

僕と他人の中の僕は完全に一致して

完全にわかってもらえるのでしょう。


それが一番良いです。



だって、そう、

僕はカラスになりたくないですから。


カミサマとやらにポンポン色を変えられるような存在になんてなってやるものですか。




ああ、あなたなら、

僕の全部わかってくれますよね?


こんなに僕の内側を聞かせてしまってますものね?


ちっとも取り繕えてなんかいないですし、


僕の中の僕と

あなたの中の僕は一致している


あなたって優しいですから

全部わかったうえで許してくれますよね?





え、なんですか?




いや、まさか、優しいですよ、あなたは


僕にとって。





いやいや、

ちゃんと考えたうえでそう言ってますよ。



だって僕、常に理性的なんですから。





浮かない顔ですね。

体調が悪いんですか?


今日はゆっくり休んでくださいね。


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