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004 まさかのエンカウント

 いきなり現れた“仮想生物”の登場に、心臓が止まりそうになった。というか、一瞬本当に止まったと思う。

 画面越しでしか目にする事はないと思い込んでいた存在から、目が逸らせない。

 湧き上がる恐怖に、血の気が引き、体がふるえだす。無意識に飲み込んだ唾の音で、呼吸の仕方を思いだした。



 ……っい、いやいやいやいや、君、“ここ”にいちゃ駄目でしょう!?



 ついでに再起動した脳裏で、思わずそう叫んだ。

 数えられないくらいある細い足とか、昆虫独特のあの鈍く光る光沢とか、どこを見ているのかさっぱりわからない、二列に並んだたくさんの目とか! どっからどう見ても、あの有名映画に出てくる“ダンゴムシ系モンスターの最終形みたいな存在“じゃないですか! 絶対にリアルでは遭遇したくない生き物ランキング一位の!(※個人的なランキングです)

 ……? なんかちょっと、色が違うような気がしなくもないけど。



「んだよ、お前かよ」



 ドッドッドッ、という心臓の音しか拾えなくなった耳に、ふとそんな呑気な声が届いた。ハッとして声の主を見上げる。オ〇ムの登場に、すっかり青年の存在が脳から消えていた。

 こっちは今にも卒倒しそうなのに、なぜか彼はごく自然な動作で剣を鞘に戻していて、信じられない思いで凝視する。


 えっ!? 今こそあのクソ面倒な“設定”を忠実に守る時じゃないの!?

 もうマジでわけがわからない。しかも、なんでそんな「警戒して損した」みたいな感じでいられるの? なに? もしやアレとお友達かなんかですか??



 ……。

 …………あっ、もしかして、そういうこと? っていうか、それしかないじゃんね! あああああああ! びっっっくりしたぁあ! 



 八つ当たり気味なパニックを起こしている脳が、ふと、視界に映る青年の“服装”から結論をはじき出した。



 そうだ、この青年“レイヤー”さんだった。つまり“アレ”は彼のコスプレ仲間だ。



 もう一瞬ガチで本物だと思い込んじゃうくらい、とんでもない作り込み具合だ。もうそれ作品って言っていいんじゃないの……? 博物館に展示してもらえるレベルだと思うよ。

 その完成度の高さに、お作りになった方の拘りと本気度が伺える。製作日数どれくらいかければ、あれほど凄いものを作れるんだろうか……技術レベル999とかの匠さんですかね??

 特に触覚と足の動きの再現度がヤバい。エグすぎて鳥肌が立ってきた。



 ……作り物なんだから、怖がる必要はない、はず、なのに。なんで、こんなに落ち着かないんだろう?



「……めちゃくちゃリアルで、本物みたい」

「はぁ?」



 「コスプレ仲間」だというのに、なんの挨拶もないままゆっくりと近づいてくる“ソレ”と、同じく無言のまま何かを考えている様子の青年が、なぜかとてつもなく恐ろしい。

 とにかく「安心」したくて呟いた言葉は、非常に小さく頼りないもので、残念ながら青年にはちゃんと届かなかったらしい。怪訝そうに寄せられた眉に、泣きそうになった。


 届かなかったなら、繰り返せばいいと思うのに、どうしても引き出したい言葉があるのに、なぜだか、もう一度口を開く気にはなれず、唇を噛む。震えが止まらない冷え切った指先をもう片方の手で包み込み「大丈夫」と心の中で繰り返した。それでも強張った体からも上手く力を抜くことは出来なくて、ひたすら手と閉じたまぶたに力をこめた。



「……大丈夫か?」



 降ってきた低音に気遣うような音をみつけ、緩慢な動きで青年を見上げる。

 ……もしかして、気の毒に思ってくれたのだろうか?

 ようやく、渇望する安心感を得られるのだと、そんな期待を抱いて彼の口が開くのをまった。けれど。



「さっきからわけわかんねェことばっか言ってっけどよォ……もしかして、頭打ったせいで、どっかおかしくなってんのかァ?」



 違う。欲しかった言葉はそうじゃない。

 表情や、視線、声色から、本当に心配してくれているのだとは、わかるのに。どうして、その“設定”をやめるという選択肢をとってはくれないのだろうか。



 ねえ、いい加減、その“設定”やめてよ、お願いだから!



 そう、口に出そうとしたその時、“巨大ダンゴムシ系モンスターのコスプレ”から聞いたことのない音が大音量で響いた。驚きと恐怖で、身体が跳ねる。甲高い機械音のような、女性の叫び声に近いような、そんな音だった。


 なに、いまの。え、録音? 鳴き声まで作り込んでんの?? 

 もうやだ、この青年といい、このレイヤーさんたち、本気(マジ)すぎて本当に怖い。……あれ、でも、オ〇ムってこんな鳴き声だったっけ……?



「ほら、危ねェから立て。仲間が集まってくる前に、さっさと逃げんぞ」



 完全にビビり倒している私を見下ろして、青年は心底面倒くさそうにため息をついた。普段なら腹立たしく思っただろうその仕草にも、今は怒りの「い」の字すらわいてこない。

 青年が何かを言っていたけれど、まったく頭に入ってこなかった。当然、返事も出来ない。

あんな怖いもの、見たくないのに、目が逸らせない。逸らした瞬間、飛び掛かってくるんじゃないかという恐怖に支配されたように、動けなくなっていた。

 たくさんあるガラス玉みたいな大きな目に、私たちが映る。ぞくりと背筋を何かが這い上がる。喉が鳴った音がどこか遠くに聞こえた。



「あー、こりゃマズイな……暴れんなよ」



 青年が少しだけ緊張を滲ませた声でそう言った、次の瞬間。

 世界が動いた。



「ぅ、えっ!? ちょっ!?」

「危ねェから、口閉じてろ!」



 突然の浮遊感に驚き、咄嗟に漏れた声にすぐさま叱咤の声が飛んできた。

なにが起こったのか理解がまるで追いつかない。お腹に食い込むような圧迫感が、足音らしき音に合わせるように襲い来る。

 その痛みに脳裏で「?」を量産しながら、もしかして彼のあの逞しい肩に担がれているのでは、と気がついた。



 えっ、待って待って、なんで私担がれてんの?  なにこれどうゆこと??



 一定のリズムでお腹にダメージを与えてくる振動から、青年が走っていることがわかる。



 なんで? コスプレ仲間なんじゃないの? どうして逃げるの??



 混乱しながらも、どうにか状況を把握しようと、広い背中に肘をつき顔を上げる。そして、ぐわんぐわんと大きく揺れる視界に映った光景に、絶望した。目を疑うとか、そういうレベルじゃなかった。

 ドォオン、という地鳴りのような音と共に、先ほどまでいた場所に木々がなぎ倒された。鳥たちが慌てたように空へと舞い上がる。あの立派な幹を踏みつぶすようにして現れたのは、十数匹の巨大ダンゴムシたち。“なにか”を探すように、一点に集まっていた。


 ……もし、あのまま、あの場所にいたら、と考えたくもない“もしも“を勝手に想像してしまい、眩暈がする。これ以上の負荷は危険だと感じたのか、ついに脳が強制終了をかけたらしい。

閉じていく意識の片隅で悟った。



 話がかみ合わなかった原因は、青年ではなく――私の方だったのだ、と。


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