002 救世主?
素直な感想がそのまま表情に出ようとするのを、すんでのところで堪えた。無理やり吊り上げていた口角が引きつったけれど、意地でキープする。
だって、この人、どう見ても日本人じゃないんだもの……! 英語とか喋れないよ……! そもそも英語圏の方なのかどうかもわからないし……これマジで詰んだ……
想像もしていなかった展開に、混乱しすぎてフリーズが続く。脳内は完全にパニックに陥っていた。「おい」と声をかけられたことも吹き飛んで、意味もなく口を開け閉めする。
状況を説明して「助けてください」って言わなきゃ、って頭では分かっているのに、言葉にならない。藁にもすがる思い で見上げた先の救世主が、あまりにも「想定外 」すぎて。
フリーズした理由は主に三つ。
ひとつ目は、さっき言った通り外国人だったこと。英語が喋れないコミュ障オタクにとっては、それだけでめちゃくちゃハードルが高い。
二つ目は、彼のその容姿だった。なんかゴツイし厳つい。正直このレベルのマッチョさんと出会ったのは初めてかもしれない。首と二の腕の太さに、思わず二度見しそうになる。むっきむきやん! 格闘家の人ですか?
そして彼が身にまとっている服装が三つ目の理由。こんな森の中にいるのにどう見ても、登山家さんスタイルではない。だってどう考えても「剣」と「防具」は登山に必要ないよね!? 杖とかならまだわかるけど! ……つまり、コスプレイヤーさんだった、ということ。インパクト強すぎるわぁ。
ねえ、この三コンボ とか誰が予想できる? 変化球にもほどがあるよね?
あ、決してマッチョな外国の方や、レイヤーさんを馬鹿にしているわけではありません。むしろ好きな方なオタクですハイ。でも、なんていうか……まさかこんな森の中で遭遇するとは思わないじゃん!? 私だってこんな状況じゃなきゃ、「凄いなぁ」ってうっとりさせてもらってるよ! あっ、もしかして撮影中ですかぁ!?
「……あー、その、大丈夫か?」
私のテンパり具合を憐れに思ってくれたのか、レイヤーさんが気まずそうな顔でそう声をかけてくれた。
え、ええ人や~~! しかも日本語めっちゃお上手~~!!
その事実に言葉を停滞させていた不安が、一気に拡散する。ほっとして、驚きで引っ込んだはずの涙がまたじわりと滲みだした。
いきなり泣き出すとか迷惑以外の何物でもないので慌てて拭う。ただでさえ不審に思われているだろうから、その上に余計なものを足すわけにはいかない。
涙を拭くために俯いたのが心配をかけてしまったのか、レイヤーさんがしゃがみ込んだ。
「……はい。ありがとうございます、大丈夫です」
咄嗟に浮かべた笑みは、説得力の欠片もない弱弱しいものになってしまったみたいだ。その証拠に彼が少し顔をしかめた。
……外国の人って10代とかでも大人っぽいから年齢が予想しづらいんだけど、こうして近くで見ると思ったよりも若いかもしれない。三十を迎えた私より下なのは確かだと思う。
って、今はそんなことよりも、状況を説明して助けてもらわなきゃ。
「で、あんた何者だ?」
「えっ……?」
青年の発した言葉により、状況を説明するために開いたはずの私の口は、またしてもポンコツに成り下がった。至近距離で向けられる見慣れない色をした瞳の力強さに、瞼にまでエラーが出る。パチパチパチ。無駄に繰り返される瞬きと共に、またフリーズしかける脳で必死にその短い言葉の意味を考えた。
「何者」とは。
「……まァ、アンタがどこの誰でも別に俺には関係ねェがな」
アニメなどでよく聞いたセリフへの返答に間誤付いていると、青年がそんなことを言って立ち上がる。えっ、嘘ちょっと待って! 慌てて見上げても視線が合わない。彼は用心深そうにあたりを見回していた。
ええ、ちょっと返答に詰まっただけで、ダメだったの? そりゃいくら不審者相手だとしても、気が短すぎない? あんな問いかけ方をされたら、誰だって困ると思うよ。
「それよりもさっさと帰ったほうがいいぜ。アンタはここがどんだけ危険なのかを知らねェみてえだが……ンな無防備に座ってっと、すぐにモンスターに食われちまっても可笑しくねェんだぞ」
とにかく、コミュニケーションの基本は挨拶からだと思って、自己紹介を始めようと再起動した口がまたしても青年の言葉で封じ込められる。
――今、なんつった?
ただでさえ、混乱している脳が考えることを放棄して「???」だけを叩き出し始めた。あれ、おかしいな。彼が話しているのは日本語なのに、理解が追いつかないぞ?? なんだろう、この妙な違和感。もやりと胸に不安が湧き上がる感覚。
「一体どんな魔法を使えば、ンな状況になるのかはわかんねェが……まァ来たんなら帰れんだろ。ほら、さっさと帰れ。俺も忙しいんだ」
唖然としている私を他所に、相変わらず辺りに視線を巡らせている青年は一人勝手に話を進めていく。しかもなんか急かしてくる。完全に置いてけぼりを食らっていることだけは、強制終了しかかっている脳でもわかった。
この違和感の出所はよくわかんないけど、このままじゃまずい気がする。下手すると放っておかれそうな雰囲気にすらなってきて、再び妙な緊張感が襲って来た。
とにかく一人残されては困るので、そっと彼のズボンの裾を掴んで引っ張る。立ち上がる元気はなかった。
「ちょ、っと待ってください」
「あ? ……あぁ、もしかして魔力切れかァ?」
待ってって言ってんだろ!
私の言葉に反応して、向けられた表情が面倒くさそうに歪む。そしてついでのように追加された「コトバ」に、思わずそうキレそうになった。
お願いだから、頭を整理する時間をください。あなたの話している日本語は、別に聞き取りにくいとか、難しい言葉とかではないんだけど、今の私には読み込むのに時間がかかるの!
よし、放っておかれないように、このまま裾を掴んでおこう。で、情報を整理しよう。なる早で。
それでこの人なんて言ってた? 難しくない、むしろ私も結構慣れ親しんでる部類の言葉たちが聞こえたせいで、脳が強制終了されかかったんだよね。確かこの訳の分からん状況じゃなきゃ、「あっ私もそういうの好きなんです~!」とか言えるタイプの言葉だったはず。
私がそう答えられる話といえば……映画やアニメ、特に中世ヨーロッパ系のファンタジージャンルが大好きだけど……
……あれ? ……エッ、彼もしかして「モンスター」とか「魔法」って言った? この状況下で? こんな森の中で、ドすっぴん・パジャマ姿の、靴下さえも履いてない、この私に??
「モンスター」に「魔法」? ジャンルとしては大好きだけど、なんで今そのファンタジーワードを出す必要がある? え、なに??
ぐるぐると疑問ばかりが回る頭で、ふとあることに気がついた。同時に驚きで、そのまま口がポカンと開きそうになる。
もしかして、この人、「コスプレの設定」を守っていらっしゃる?!