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第33話 刺青

 鼻先に突きつけられた山刀に重なるように殺意を合わせるヴィノ。迷いなど微塵も感じさせない冷たい視線にリースは息を呑んだ。


 そして確信した。


 ―この男は本当にやる。確実に殺される―


 これは失態だ。完全に主導権を握られた。反撃の詠唱を唱えようとしても、瞬きの間にリースは絶命する。


 力で抵抗するのは既に詰んでいる。ならば言葉で説得するしかない。だが、この男を説き伏せるには一体何を言葉して言えばいいのか皆目見当がつかなかった。


 このヴィノは今まで出会った事のない価値観と行動理念で生きている男だ。命乞いをしても殺されるし、慈悲や常識に訴えても無駄だ。


 一呼吸の間に、幾通りの案を浮かべるが、どれも決定打に掛け最悪な結果にしかならなかった。


 何かないのか、選択肢は少なく時間は有限で加えて圧倒的不利な状況に置かれていく。


 リースの顔に絶望の色が濃くなっていく。最悪な未来しか見えなかった。


 「ふっ…ふざけないでよ…」


 どうせ死ぬのならばと、リースは震える声を絞り出す。そして山刀を握る手を掴むと一気に刃を右胸へと移した。


「ふざけないでって言ってんのよぉ!! 私は…私はこれでも貴方を認めてたわ。悔しいけど貴方は私の命の恩人でもあるから。だから出来るだけ足手纏いにならないように、自分でも頑張ったわよ。頑張ってきのよ!! でも、私だって人間よ。そりゃ失敗も間違いもするわ。でも…だからって一度の失敗で殺そうと考えるなんてあんまりよ。貴方はこれまで一度も間違いをしたことがなかったの? 誰にも迷惑をかけてこなかったの?」


 半ば自棄になってまくし立てる内に、今までの不満も一緒に声に混ぜて飛ばし始める。その気迫交じりの顔がヴィノの記憶の奥底に眠らせたある女の面影と重なった。

 あの強く優しく凛と張るその声が記憶と共に木霊する。懐かしい彼女レオナ・フィフナス・ブラートの声が脳裏に蘇る。


―ヴィノっ!! 死んで逃げるなんて許さないわ!! わたしを見なさい!! フィリカが待ってるのよ。約束したんでしょう。死んで約束を反故にしないで!! スカウトにとって任務は絶対って言ったでしょう。なら立ちなさい。立ち上がって戦いなさいヴィノォ!!―  


「―ッチぃ」


「貴方は前に人を信用しないって言ったけど、それは嘘ね。今確信したは…貴方は人が怖いだけよ。 私には貴方が怯えているのよにしか見えないわ。信じる事が怖くて怯えてる。その方が楽だからでしょう。貴方は自分自身から逃げてるだけの臆病者よ」


「だからなんだ。物事はシンプルが一番だ」


―ねぇヴィノ。この手を離さないで、少しでいいから…今は、今だけは…私の隣を歩いてほしいの。―


「…るせぇんだよ」


「………置いて行かれないよう、ずっと…私なりに一生懸命貴方の背中に付いていこうとしたのよ」

 

―ヴィノ。そんなにこの子を怖がらないで。あなたが最初に受け止めたのよ。フッフッ、ほらほら…そんな緊張するからこの子が泣いちゃった―


 チカチカと脳裏に木霊するような光景が巡る。チクチクとこめかみに鈍い痛みを生じさせる。それはまるで抗えぬ古傷が痛むように。


「考えるのを拒否して、面倒くさいから殺す。そこに自分の意思すら無いなんて、そんなのただの伽藍洞がらんどうよ。善も悪も、正義も不義も、好きも嫌いもない空っぽな男よ」


「どれがどうした? 正義が無くても、空っぽの男がいても明日は来る。何も変わらねぇ」


―あなたが正しいか正しくないかなんて私にはわからないわよ。でも、あなたのお陰で今こうして皆が笑っていられる結果が正しくないなんて、私は思わないわ―


 いくら忘れようとしても、忘れ果てようと努力してもその記憶は、一つの呪いの鎖のように纏わりつきヴィノの身体を容赦なく締め上げる。決して緩むことなくキリキリと骨まで食い込み締め付けられる。


「何で私が付いて来たのか、…せめて、…せめて…私を殺すなら、私の気持ちをちゃんと汲み取ってよ…お願いよ…」


「言いたいことはそれだけか?」


―だから、ねぇっ…笑ってよ。ヴィノ せっかくこの子が始めて笑ったのよ。あなたが笑ってくれないと、―


 握られる山刀の先が僅かに振戦し始める。それはリースの震えではなく、ヴィノの腕から生じていた。


「さっきから癇に障る声で喋るんじゃねぇ」


「…何で…何でよ…少しでいいの…少しでいいから、私の事を信頼してよ。次はもっと上手くやるわ」


 縋る瞳と視線が合った瞬間。あの時のレオナ(彼女)の瞳と重なった。


―ヴィノ…あの子とフィリカを…お願い…―


「………わたし…生きたいの…」


―お願い、見捨てないで…―


「だァまれぇ!!」


 一喝の瞬間、一瞬の沈黙と静寂が生まれた。


「興が醒めた。好きにしろ………ただし、次は無いぞ」


 リースの手から山刀を払うと、踵を返し横たわる兵士の死体の服を裂き始めた。


 死体処理と証拠隠滅が目的だが、やる事は人物特定されない為に頭部を潰し、腹部を裂いて臓物を晒し森の小動物のエサにする。後は身に付けているモノを全てを剥ぎ取り焼却し、残りを埋めるだけだ。


 暗く視界の悪い中でもヴィノは慣れた手付きで作業を進めていく。


 その光景を茫然自失な顔のまま視線を飛ばすリースではあったが、徐々に自分が生きている実感を身震いしながら感じ取り始めた。


 震える肩を両手で押さながら呼吸を落ち着かせ、自分が今生きてい事を噛み締めていた。


「―おい」


 時間にしてどれくらい経っただろう。一秒を永遠とも感じられる感覚の中で突如声を掛けられた。


 視線を向けるとそこにヴィノが立っていた。いつそこにいたのか全く気付かずにいると。彼は言葉を続けた。


「状況が変わった。お前も把握しろ」


「…なに?…ちょっと」


「その目で確認しろ。その方が早い」


 身構えるリースの腕を掴むと引き摺るように解体場に連れてくる。その場に漂う血の匂いと凄惨な光景に彼女は思わず手で口を抑えた。


 原型を留めない程の顔が潰され、腑分けされ身体と内臓に分けられた人間だったモノがそこにあった。


 幸いなことに周囲が薄暗かったので、鮮明に見る事はなかったがそれでこの光景はリースにとって度し難かった。たまらず見るのを躊躇っていると、後頭部を捕まれ死体の前へと移される。


「ここだ。よく見てみろ」


「ひっ、ひぃぃぃ」


「お前はコレを知っているか?」


 頭部を抑えられ否応に瞼を開いた視界に入ったのは、死体の右肩に「∞」と「+++」が一緒に彫られた2つの刺青だった。


「えっ…こっ、コレって…まさか…囚人!?」


 刑務所に収監される特定囚人には全員罪の程度によって何らかの刻印が彫られている。軽犯罪の囚人の多くはその刑務所の紋章を型取った焼印が押されるが、重犯罪(殺人・・強盗・誘拐・放火・強姦)の囚人に対しては、一つの罪に対して一つの「+」が刺青される。

 

 この死体の男は少なくとも3つの重犯罪を犯し、そして終身刑を意味する「∞」の刺青を入れられている。2人目の死体方にも「∞」と「++++」の刺青にが彫られている。この2人は正規兵じゃなく囚人だったのだ。


 リースにはこの刺青の意味は理解できるが、なぜこの囚人がココにいるのかが理解できなっかった。


 少なくとも重刑務所にいるはずの凶悪な囚人がココに居るはずがない。


「コレがシュナ教徒に送られたザッハートルテの意味か、それも………ふっ、消えた冒険者パーティーに抗幻覚薬。メンバー以外の黒髪の人物に居るはずのない囚人達ときた。ここまで来たんだ、この際お前には最後まで付き合ってもらうからな」


 理解が追いつかず言葉に詰まるリースに視線を向けると、さらに耳元で続けた。


「背中を預けるのは別として味方はもう俺しかいないぞ」


「…どういう意味よ?」


「誰も信じるなって事だよ。理由は知らんが、ココに居るはずのない囚人が兵士の服を着て徘徊してる。どう考えも上の方(権力者)の力が働いているに決まってるだろう。もう覚悟を決めろよ」


 その瞬間、これから始まる壮絶な3日間をリースはまだ知らなかった。

久しぶりの更新です。遅れてすみませんでした。次回は閑話の予定です。宜しくお願い致します。

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