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第17話 4日目で空気を読む

 最初に提案したのは村長だった。村長はカーズ達が村に到着したと同時に襲撃が失敗した事を悟った。


 そして部外者が秘密にしていた井戸下の栽培所に侵入し、この村の秘密を知った為賄賂を使ってカーズ達を懐柔しようとした。


 討伐終了後、村を出る為に挨拶をしに村長宅に訪れたカーズ達は、そこで思っても見なかった話に皆動揺した。

 

 しかし、直ぐに落ち着きを取り戻すと、栽培所に侵入したのはヴィノであると平然と彼を売り渡した。


「その話が本当なら、そのヴィノとか言う冒険者を殺してもらいたい。アレを見て皆に黙っているという事はそれだけで脅威だ。それに我々と接触する気はないようだ。行動の読めない危険因子は徹底的に排除しなければならない。ちゃんと死体を見せてくれたら一人金貨10枚だそう」


 同席したアベル・ホスターが皮袋に入った金貨を机の上にぞんざいに落した。少なくとも彼の中ではヴィノに交渉は無駄だと感じ取ったのだろう。


「リースはどうする? アイツはもしかしたら仲間になるかもしれないぞ」


「カーズさん。彼女が我々の仲間になってくれるんなら歓迎しよう。じゃが敵になるなら容赦はせん。あの気立てじゃ、さぞそっちも気になってるじゃろ。適当に遊んだら後は村の男衆の繁殖奴隷にする。この村ももっと増やさねばならんからな」


 カーズの質問に今度は村長が答えた。すでにその顔には交渉決裂後の想像に思いを巡らしているように顔が緩んで見えた。


「ふん、今回の依頼が赤字になるかと思いきや思ってもみない所で大金が転がり込んできたもんだ。おい、村長。今回の件が片付いたら俺達『鋼の旅団』が今後も関わっていくが、本当に問題ないんだな?」


 念を押すようにエドが訊ねる。村長とアベルが同時に頷くと、カーズと3人で握手を交わし交渉が決まった。


 カーズ達が村を出た後に、おってアべルの幌馬車一台が先遣隊として後を追い、ヴィノの死体の処理と口裏合わせ行う手はずとなった。


 

 ―4日目の朝を迎えた。


 アベルの仲間を拷問して聞き出した内容をヴィノは頭の中で整理していく。アベルは最後までしゃべらなかったが、残りの仲間からの情報を合わせて信頼の高い順に組み上げていけば、有益な情報と捨てる情報に別けることが出来た。


 交易野営地に戻ると、火を熾した竈でリースが朝食の用意に急いでいた。ヴィノの姿を確認すると、無言で顔を背ける。


 どうやら動けるまでに起きて動けるまでに回復したようだ。近づくにつれ今度はリースの刺さるような視線が強く向けられる。


「どこいってたの?」


「散歩だ」


「へぇー怪我人をほっといて随分と良いご身分だこと」


「ケガは治ったんだろう。なら問題ないだろう」


「問題大ありなんだけどッ!!」


 棘が乗ったような怒声が飛ばされる。


「アタシが、…昨日どんな思いだったと思ってるの…あんな事されて…悔しく…惨めで…何度も死にたくないって思って、一番嫌いだと思っていた奴に…助けられて…辛い時………苦しい時に傍にいてくれて…でもそのサド野郎が…最後は絞め落しやがってぇ。全然うれしく無いのに、でも何かしてあげなくっちゃって思ってしまったりしたわけで、ああもう、アタシ何言ってんのよ。もう…アタシがこんなに言ってんだから少しは察しなさいよ………あッ、アタシの気持ちを少しは考えて見なさいよ」


 顔を真っ赤にまとまらない文脈を述べる自身を鑑みながら、さらに思考混乱に陥るリース。その姿は昨日まで見てきた知的で気位の高い人の印象はなく、まるで思春期少女の不機嫌そのもののようだ。


 理由がわからないと言った感じでヴィノは首を傾げるが、やや間を空けると確認するように返事を返した。


「………ひょっとして、俺が傍に居なくて寂しかったのか?」


 ドカッ!!


 非常食袋を顔に叩き付けられた。


「痛いな。理不尽だ」


「その口が災いの元よ」


「じゃあ何て答えれば良かったんだ?」


「謝りなさい…わ、私に」


「?…何故だ?」


 ドカッ!!


 今度は干し肉の塊を顔に叩き付けられた。


「いいから謝りなさいよ。それで…許してやらなくもない、わけでもないわよ」


「どっちなんだ? それとよく考えてから喋れ。あと食べ物を粗末にする奴は、嫁の貰い手が無くなるぞ」


「大きなお世話よッ!!」


 今度は鉄のクッカーが飛んできたが、それは上手く躱した。


「避けるなぁ!!」


「無理だ。せめて何故俺が謝らないといけないのか説明しろ」


 顔から火が出そうなくらい赤面するリースが、次に投げようとしたまな板を持ち上げて固まった。


「ぅっ、…奪ったから…」


「っん? なんだって?」


「アタシの始めてを奪ったでしょうがっ!!」


「始めて? 何の始めてだ?」


 察しが悪いのか、わざとなのかわからないが、その一言がリースの感情をさらに逆撫でる事になった。


 涙を浮かべて睨みつけるその顔からは、眉目秀麗な面影は微塵もなかった。やがて何かを諦めたかのようにまな板を下げると、肩を小刻みに震わせた。


「どうした? おい大丈夫か?」


「…フっふふふ…それを、私に言わせるワケねっ………アンタ…察しが悪いの? それとも…本当にバカなの? ひょっとして私をコケにして楽しんでるの…かしら? 運が良いわね…アハハっ…今私が杖を持ってなくて、もし持ってたらアンタを一瞬で消滅させてたわ…アハハっ…ほんっと最悪だわ…こんな男に私の唇が奪われるなんて、…私前世で何か悪い事でもしたのかしら」


 声のトーンを下げ、顔に暗い影がかかるとリースは置いてあった包丁を手に取った。薄っすらと笑みを浮かべゆっくりと立ち上がると、そろりそろりとヴィノへと近づき始めた。


 その異様な雰囲気にさすがのヴィノも察したのか背中と腹に嫌な汗が浮き出すのを感じる。リースの不気味とも言うべき冷たい殺気に気圧され後に下がり始めた。


「ねぇーヴィノ。私…昨日あのゲスクズ共三人に服を破かれ裸にされたのよ」


「ああ」

 

 顔を伏せながら近づくリースと、距離を取ろうするヴィノ。二人の距離が段々と縮まり始める。


「そして汚ねぇあの粗チン野郎のナニを口に入れられ、汚汁を飲まされたのよ」


 リースの口角がさらに上がり、言葉を発するごとに周りが暗く重くなる。その異変を察知した周囲の小動物達が声を潜め、張り詰めた空気が森を静寂にさせる。


甲冑蜂蜘蛛ティエグルスパイダーの毒に死にかかったら、今度は世界一気に入らない男に私の唇を奪われたのよ。私…女性としての尊厳をボロボロにされたのよ。しかも、奪った男は気にする様子もなく私に接してくるのよ…これって…私怒っても良いわよね…ふふふっ本気でブチ切れても良いわよね」


「………おい…ちょっと待て」


 あの時、生きたいと言ったのはリースの方だ。ヴィノはそれを助けるために出来る手段を全て試してやっただけだと説明しようとするが、迫りくるリースの気迫に言葉が詰まる。

 

 段々と野営地の端の大木へと追いやられてしまった。退路を絶たれ既にお互いの鼻息が掛かる距離まできている。


「ねえ、ヴィノ。もう一度確認するんだけど、私本当にブチ切れても良いかしら?」


「そうだな…といあえず落ち着こうか」


 ドスッ!!


 リースの包丁がヴィノの頬を掠め大木に突き刺さる。ゆっくりと顔を上げ前髪の隙間から見せる深い激昂心を宿した瞳がヴィノを捉えている。


 次の返答を間違ったら命が終わる。ヴィノの本能がそう警鐘を鳴らしている。一度唾を飲み込み大きく深呼吸をした。


「リース。あの時、俺はお前を助ける事だけを考え行動した」


「………」


「その事に関して俺は後悔はしていない」


「………」


「だが結果としてお前の尊厳を傷づけてしまった事は反省している」


「………」


「本当だ」


「………」


「………」


「………」


「………」


 重い沈黙が続く。


 このまま永遠に続くのかと思いきや刺さっていた包丁が抜かれ、リースが踵を返した。


「………納得はしてないけど、取り敢えずはその言葉は貰っておくわ。朝食…冷めるわよ」


 どうやら死刑判決ではないが執行猶予付の判決で納まったようだ。


 今回の依頼の中で一番命の危機を感じた瞬間だったとヴィノは思ったが、内心では自分が霊草マカザリ・アガヤを使ってリースを助けたはずなのに、なぜ加害者扱いされる事にやや納得がいかない様子だった。


 だたここで下手に反論して蒸し返すのは不味いと考え、喉元まで上がってきた言葉を唾と一緒に飲み込むことにした。


 竃に戻ると出来上がった朝食用のスープをリースが食器によそってくれたのを貰う。食欲がそそられる野菜スープを啜る。よく火の通った根野菜は美味しくその野菜の旨みを十分に引き出している。


 温かいスープが胃に入ると体全体がほんわかと温まるのを感じる。料理自体に不満はない。むしろ上手いくらいだ。


「うん。美味いな」


「…ありがとう。あの村の商隊から買った万能調味料と塩だけしか入れてないけど、正直ここまで美味しいとは意外だったわね」


 ようやくリースの表情が和らぎ落ち着いた雰囲気になり始めた。


 自然と匙が進むのだが、サッパリとした風味にどこか物足りなさを感じる。


 決してこの料理に不満があるわけではない。これはこれで十分美味しい料理なのだが、英気を養うのに必要不可欠な要素それは『肉』だ。この料理に肉類が入っていない事に気付いた。


「俺が初日に作った肉入りのポトフは食べていたよな。肉は食べれないってわけじゃないんだろう。どうして肉を入れないんだ?」


「肉がないのよ。今日中に帰れるから向こうに戻ってから食べればいいでしょう。それに一食くらい肉を食べなくても死にはしないわよ」


「肉がないのか? それはおかしいぞ。帰る前にあの村から購入した乾燥ソーセージがあったはずだ。そんなすぐ無くなるはずが―………」


 ヴィノが食料袋の中を探してみると、保存用のプカの葉に包装された太い乾燥ソーセージの束が見つかった。やっぱいあるじゃないかと取り出そうとしたとき、先程と同じ刺すような殺気を感じ手が止まる。


「ヴィノ…残念だけど肉はないのよ…残念だけど」


 リースの低い声に冷気を感じた。


 その太い乾燥ソーセージを出したら殺すと言わんばかりの視線をリースに向けられる。確かに肉はあったがこれはリースが料理に使用できる肉ではない。その形状から昨晩の悪夢が連想される危険な代物だった。


 その『決して触れてはならぬ(アンタッチメント)存在』級の代物をヴィノは出すことはしなかった。むしろ出来なかった。首元から嫌な汗が滴るのを感じそっと食料袋の口を絞めて戻した。


 再びその場に沈黙が生まれる。 


 その後重い雰囲気が漂う中で、二人の無言のままスープを啜る音だけが響いていた。

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