第62話 蒼炎なるもの
冒険者ギルドから聞こえてくる声に謝罪しながらも、街中を進んでいく。
帝都の門までたどりつくと騎士の人に冒険者カードを提示してさらっと出ていく。
テトシロがモコから降り、モコに並走して街道を進んでいく。
ティナも走る―と言っているが、今はテトモコシロが走っているからやめてね。
あっという間に置き去りにしてしまう。
全力で草原を駆け回り、途中スライディングを決めているのを見ると、やはり従魔には適度な運動が必要だと再確認できた。
確かに、テトモコもずっと死の森では駆け回っていたしな。
シロに関しては野生児だからね。やっぱ駆け回るのは好きなのだろう。
「ティナも走るっ」
あー。うちの天使がご立腹だ。
俺の前にいるティナは振り向き俺の顔を見上げ見つめてくる。
俺もティナに応え、目を合わせプラチナブランドの髪を撫でていく。
天使と数秒見つめあうと……俺は恋におちていた。
ここから始まる天使と死神のラブ ソー スウィート。
見つめあっている間にも、テトシロが何か鳴いているが。
モコは静かに、スピードを緩め、草原に伏せる。
「ありがとぅ」
モコが伏せると、ティナは俺から視線を外し、そのまま草原へと降りていく。
あー。俺たちの恋愛ドラマが始まりそうだったのに……
「わん」
はいはい。俺も降りて並走しますよっと。
ティナが走るスピードに合わせ、俺たちは草原を走っていく。
ティナを中心に先頭をモコ、右サイドシロ、左サイドテト、バック俺。
盤石の布陣で何もない草原をゆっくりと進んでいく。
「ソラ―。疲れたぁー」
思っているよりも早くティナが疲れたようなので、草原で休憩することにする。
「疲れたねー」
「きゅー」
シロはティナの声に反応しているが、おそらく疲れていない。
俺は影収納からクッキーと飲み物をだし、みんなに渡していく。
草原に香る草や土のにおいが、どこか俺を落ち着かせてくれる。
太陽から降り注ぐひざしも強すぎることはなく、時折吹く風により睡魔が襲ってくる。
モコの毛に頭をのせ、草原に横たわっていると、その睡魔に抗うことを忘れてしまいそうだ。
「ソラ。寝るの?」
まだおやつのクッキーを食べていたティナは、俺の空いた右腕に頭を乗せて寝転んできた。
「んー。すこしだけ休もうか」
「うんっ」
右腕に暖かな重みを感じながら、すべての力を抜き、瞼をとじる。
「わんわんわん」
「んーなんだ?」
頭の上から声が聞こえる。
目を開けると、仰向けになっていることもあり、太陽の光がもろに入ってくる。
「わんわん」
「にゃにゃ」
おなかが減った?
今何時だ?上を見上げると、ちょうど太陽は俺の真上にある。
朝起きてすぐに帝都を出たはずなのに、もう四時間ぐらい時間が経過していることになる。
「三時間ぐらい寝てたのか……二度寝にしては長いな」
「わふ」
モコはティナにつかまれているようで動かず、声だけでご飯の催促をする。
テトは俺の横で自分の体をなめているが、ティナとシロはまだ夢の中のようだ。
ティナシロが起きないように体を起こし、影収納からご飯をだして屋台のものを温めていく。
「んーー。おいしそうな匂いがする」
「きゅうー」
食事の準備を進めていると、ティナとシロが匂いにつられ、目を覚ましたようだ。
ご飯の匂いで起きるなんて……欲求に正直なんだな。
テトの出した水でティナは手を洗い、なぜかシロも前足を洗っている。
まあ、いいんだけど、結局そのまま地面に前足をつけるよね?
うん。土まみれだ。
再度テトに水を出してもらい、ポヤポヤとしているシロの前足を洗ってタオルでふいていく。
おそらく寝ぼけてティナがやっていることをマネしたのだろうが、まったく意味がない。
そもそもいつもの食事の時でさえ、皿に顔を突っ込むだけだから、前足を洗ったことがない。
まあ、寝ぼけたシロも可愛いからなんでもいいんだけどね。
昼食も食べ終わり、ふたたびダンジョンを目指す。
長い時間休憩していたので、到着予想よりだいぶ遅れているが、急いでいるわけでもないのでモコのスピードにまかせて草原を進む。
草原を走っていると、風景にそぐわない石の塔が見えてきた。
何メートルかわからないが、おそらく日本にある塔よりも高い。
634もびっくりな高さだ。
塔の下の方にうっすらと木造建築が見えるので、おそらくそこが冒険者ギルドの出張所だろう。
目標をとらえたモコはスピードをあげ、どんどんと距離をつめていく。
出張所には寄る必要がないのだが、一応入退室の管理はしているみたいなので、名前だけ書いていこう。
ちなみに書かないと行方がわからなくなったとしても捜索をしないし、ギルドは何も知りませんということらしい。
さっとサインを済ませ、いざ鋼鉄の塔へ。
扉を開けると、今までの心地よい風はなくなり、少し肌寒く感じる。
「ティナ寒くないか?」
「うんっ、モコちゃんあったかい」
ティナはモコに抱き着き温もりを感じているようだ。
下に服をもう一枚着させようかと思ったが大丈夫そうだな。
洞窟の道はそれほど狭くないが、モコが三体ほどいたら窮屈しそうだ。
出てくる魔物がゴーレムということだし、この先もそれほど狭くはないだろう。
魔物が出てくることもなく、分かれ道をすべて右に進んでいく。
右に行くのは地球にいる時、二人のハンターに教えてもらったからだ。
人間の精神的に、知らない道の分かれ道だと、左を選びやすいみたいだぞ。
それを読んでから、左右の選択をしないといけない時は右を選ぶようにしている。
まあ、このネタがわかる人がどれだけいるかわからないが。
鋼鉄のダンジョンの序盤は洞窟型なので全体像は確認できない。今は一階のどのあたりなのだろうか。
探索し始めて五分ほど進んだが、いまだ魔物との遭遇はない。
はずれの道かな?
「にゃにゃにゃーー」
前方に広い空間ありと、だいたいこういう場合は魔物がいると思うが……
道を進んでいくと、想定通り魔物を察知することができた。
コツコツと足音を鳴らしながら、空間を動いているようだ。
「結構多くない?」
「にゃにゃ」
近づくにつれ足音が鮮明に聞こえ、数の多さを知る。
「わふわふわふわーーん」
骨が一五個と石が二個か。
音が反響している洞窟内でよく音を聞き分けることができるな。さすがテトモコだ。
モコの情報だとスケルトン一五体にゴーレムが二体かな?
受付嬢の話だとスケルトンを見たら逃げろとか言っていたけど、数がおかしくないか?
この空間が魔物部屋と呼ばれるものだろうか?
光魔法がないパーティーはおそらくこの空間に突き当たると、道を戻るのかもしれない。
いや、もともと、鋼鉄の塔には光魔法士が必須なのかもしれないな。
さて、俺たちはどうするか。
「わん」
「モコがやりたいのか?倒せそうか?あまり火をつかいすぎないでよ?ケガをしちゃだめだぞ?」
「わふー」
子供を見送る母親のようになってしまったが。
モコが大丈夫と元気な鳴き声を出しているので、心配はないだろう。
でも、洞窟で火を使って、酸欠になったらしゃれにならんからな。そこだけは頼むぞ。
まあ、ダンジョンだし酸欠にならない可能性の方が高いけど。
「いってらっしゃい」
待て状態でしっぽをふりふりしているので、そのまま行かせてあげよう。
モコは開けた空間に足を入れると同時に、火で様々な武器の形を模し、スケルトンに飛ばしていく。
おそらく俺のマネだろうな。剣や、弓、槍、様々な形をした火がスケルトンの頭部に刺さる。
火でできた武器はそのまま突き抜けることはなく、形を変えとぐろを巻くように頭部を包み込んでいく。
「わふ」
モコの鳴き声が聞こえると、スケルトンに巻き付いている紅い炎は蒼炎へと変化し、青の光を放ち消滅した。
火が消えた場所にはあったはずの頭蓋骨は跡形もなく、塵も残さずに消滅したようだ。
金属音を響かせながら、頭を支えていた骨の体は崩れ落ちていく。
一五体いたはずのスケルトンが一瞬にして骨の山へと変化してしまった。
モコさんや。その火の熱量はいかほどなのかな?
火葬でも骨は残るんだよ?
それに鉱石って燃えるのかな?ダイヤモンドは確か燃えたような気がするけど……
目の前で起きた現象に理解が追い付かない間にも、モコは駆け出しており、爪によるひっかきでゴーレムのコアを破壊していた。
「わふわふわふーー」
空間内の魔物をすべて倒したモコは俺に近寄り、ほめて―と催促している。
魔法を発動して、思い通りの結果になったのでモコの機嫌がすこぶる良い。
まあ、モコが楽しめたならなんでもいいか。
どうせ温度などを聞いてもモコはわからないだろうし。
もちろん、モコが満足するまで撫でまわしてあげたよ。
撫で終わり、あたりを見渡すと、ごつごつとした岩肌に骨と石の山ができている。
これってマジックバック持ってない冒険者はどうやって運ぶんだろうか。
骨を一つとってみるが、結構な重量をしている。
Cランクのダンジョンだし、ここに挑む冒険者はマジックバックを持っているのだろう。
そもそも鉱石採取なんて依頼がある場所だからな。そうでもしないと持ち帰れないか。
俺は魔物の素材を影収納に入れていく。
うちの子たちはモコの健闘を称え、モコの周りでお話ししている。
特にティナは興奮しており、ピュッとかピカーとか言いながら戦いのことを褒めているようだ。
褒められているモコは小さなサイズへと戻り、ティナのお腹に体をあてて、思う存分に甘えている。
さきほどの戦闘を行った魔物だと他の人が見てもわからないだろうな。
あんなに体をだらけさせてからに。
俺は一人寂しく後片付けを続けていく。




