第55話 もしかしてクロエさんは
「ソーラー。おーきーてー」
「きゅーー」
朝からティナとシロの元気な声が聞こえる。
「あと五分」
「もー。さっきも言ってた」
「んー。ごめんごめん。おはよ」
二度寝から目が覚め、さらに寝ようとしたがティナに怒られてしまった。
「今日は先生でしょっ?」
「そうだね。クロエさんだったかな。王宮に行って挨拶してこような」
「うんっ」
今日は回復魔法の先生クロエ・ナイトレイさんに会いに、王宮に行く予定だ。
まだ先生になってくれるかわからないので、一応顔見せに行く。
神様印の漆黒ローブに袖をとおし、ティナにシロローブをかぶせていく。
「今日はシロちゃん?」
「そうだよ。王宮にいくからちょっといい服着よう」
「うんっ」
街の外以外ではテトモコシロパーカーを着ているティナだが、やはり魔法の先生のところに行くのだから、装備を付けていかせたい。
「ふふふ」
「ご機嫌さんだね」
「楽しみっ」
鼻歌を歌いながらシロを膝の上に乗せ、ブラッシングしているティナ。
そんなに回復魔法を習いたかったのだな。
早く気づいてあげればよかったよ。
朝食もそうそうに切り上げ、屋敷を出て王宮を目指す。
ラキシエール伯爵家の屋敷を出て、貴族街を歩いているが、どこかせわしなく感じる。
行きかう馬車の数や、手紙を運んでいるだろうメイドさん、従者の数が多い。
それに、巡回している騎士の数も多いように思える。
これは……エルドレート公爵家の事件が広まってきたのかな?
知っているからそう感じている可能性があるけどね。もしかしたら何かのイベントがあるかもしれない。
ラキシエール伯爵家から王宮に行くまでにエルドレート公爵家の前を通らなくてはいけないが。
めんどくさい奴に絡まれたくないから、ささっと通り抜けるつもりだ。
歩き進めていくと、エルドレート公爵家が見えてきた。
門番はいるようだが、家の中から怒号や人の移動する音がドタドタと鳴り響いている。
道にまで怒号のような声が響いているので、どうやら屋敷の中は戦場さながらの雰囲気らしい。
そんな大声をあげていると、秘密なこともばれてしまうと思うんだけどね……
まあ、精々いない人を探してくれ。
俺たちはそのまま貴族街を進み、王宮の入り口に立つ。
門には騎士が三名。色の違う鎧を着ているが、所属の違いで色が違うのであろうか。
「そこの子供止まれ」
その指示に従い、門の前で止まる。
「王宮へは何をしに来た」
「この手紙を宮廷魔法士のクロエさんに渡したいんだけど、通れる?」
「確認しよう。これはコドール家の紋章だな。これをどこで?」
「スレイロンにいるルイ・コドールさんに書いてもらいました。ルイの紹介でクロエさんに回復魔法を教えてもらう予定です」
「そういうことか。なら少しここで待っていろ。確認してくる」
そういうと門番の一人が王宮の中へと入っていく。
門のところで待つのかと思いきや、騎士につれられ待機室みたいな部屋に行き、ソファーに座らされた。
それに、対応してくれた騎士がお茶も入れてくれるみたいだ。
少し不愛想だと思ったが優しい人みたいな。
まあ、たぶんどっかの貴族の子供だと思っているんだろうけど。
「坊主たちは身分証を持っているか?」
俺たち用、もちろんテトモコシロの分の飲み物も用意してくれた騎士は対面の椅子に座り、話しかけてくる。
「ほい」
俺とティナは冒険者カードを渡す。
「その年でBランクなのか。なかなかやるな」
「あんまり依頼したことないんだけどね」
「その年ならそんなものだろう。量より質ってことだな。戦闘でもそうだぞ。だいたいの強さになってくると量で攻めるより、質を高めた方が有効的だ。それに、一人の強き者と有象無象の雑魚なら結果は歴然だ」
騎士の男性は俺たちに興味を示したのか、戦闘について話し始めた。
別に聞いてもないんだけど……
もしかしたら、この人は子供好きなのかもしれない。
「でも坊主。調子にのってはダメだぞ。上には上がいる。いつかそういう現実に突き当たることがあるだろう。でも、腐ってはダメだ。まがいなりにも十歳でBランクになるだけの力はあるんだ。より自らを高め再度挑戦してもいいだろう。生きていれば何度でも挑戦できるんだ。それに冒険者だけが仕事ではない。騎士や貴族の従者、指導する者にでもなれる。坊主の未来は明るいぞ」
目を見ていると、俺が真剣に聞いていると思ったのか、さらに騎士の話が加速する。
とりあえずいい人なのはわかった。
話している内容は理解ができる物だし、俺に対する心配をしてくれている。
この男性も過去に厳しい現実に突き当たったのだろうか。
今は門番として働いているが、昔は冒険者だったのかな?
「勉強になります。自分の力を確認し、できることだけを頑張ります。とりあえず、うちの子たちだけは守ってみせますよ」
「そうだな。可愛い子たちだ。大切にするんだぞ。お兄ちゃん」
騎士は俺の返答も気に入ったらしく、暖かいまなざしで俺を見つめてくる。
いや、うれしいんだけどね、そんなにお前のことは気にいったみたいな目をされると恥ずかしい。
本当に、不愛想だと思った騎士さんはどこへやら。
第一印象なんてあてにならないな。
「あなたたちがルイの手紙をもってきたの?」
騎士さんと戦闘論や、王宮での騎士の働き方を話していると。
薄い水色の髪をなびかせ、ドレス姿の女性が部屋に入ってきた。
「はい。俺たちです」
「私がクロエ・ナイトレイよ。とりあえずルイの手紙を見せて」
部屋に入ってきてそうそうに名乗りだし、俺が名乗る前にテーブルに置いてある手紙を読み始めた。
なんか勢いがすごい人だ。
「ふーん。へーーー。もう、他に書くことないのかしら。この子たちのことばっかりじゃない。ほんと変わらないわね」
手紙を読んで、クロエさんはぶつぶつとつぶやいている。
手紙のすべてに目を通したのだろうクロエさんは手紙から目を離し、俺に話しかけてくる。
「何かルイは私のこと言ってなかった?」
なんて言ってたかな。
確かあの時は、獰猛とか、化け物とか言ってた気がするけど。
目をキラキラとさせ、返答を待っているクロエさんにこれを伝える勇気は俺にはない。
適当に言葉をつくろうか。
「えっと。回復魔法で上位に存在するほど上手くて」
「うん」
「女性で」
「それで?」
話している最中にも相づちが飛んできて急かされている気分だ。
とにかく、クロエさんからの圧がすごい……
「それで、優しくていい奴だから回復魔法も教えてくれるかもって」
「ルイが優しいって言ってたの?」
「う、うん」
「もう、私には直接言わないくせに、外見のことはなんか言ってた?」
顔がほころんだので、乗り越えたと思ったがクロエさんの追撃が止まらないみたいだ。
たしか外見についてルイは何も言ってなかったはずだ。
だが、ここで何も言ってないなどとそのまま伝えるのはナンセンス。
俺は知っている。スレイロンの冒険者ギルドの女性、ミランダさん。
そういう類の人間はあまり不快に思わせてはいけない。後で何が起きるかわかったんじゃないからね。
ルイごめん。友達を裏切る俺を許してくれ。
獰猛……獰猛な猫……猫……
「猫みたいに構ってくるが、ちゃんと可愛いらしいものがあると……」
「キャー―――。ついにルイがデレたわ。あー。会いに行こうかしら」
俺の返答を聞き、クロエさんはあふれんばかりの感情を顔に表している。
ルイごめん。もしかしたら大変なことになるかもしれない……
てか、そもそも女性を獰猛、化け物、厄介な奴とか言うルイが悪くないか?
ルイにも原因がある。そうだ。そういうことにしよう。
俺は巻き込まれただけ。
クロエさんは手紙を抱えて体をくねくねさせているが。
俺の目には何も見えていません。
ティナも見てはいけないぞ。俺には対処の仕方がわからない。
フィリアならスルーするのが一番だけど、クロエさんを無視できないからね。
見ないことにするのが一番。
喜んでいる姿は見ていませんよと。
「それで、ティナちゃんっていうのはあなたね?」
「はいっ」
勢いよく右手を上げ、返事をするティナ。
「ルイのことはどう思う?」
「んー。ルイさんはお菓子くれるから優しい。それにね。プレセント一緒に買ったの」
「プレゼント?」
「これー」
一番初めにする質問がそれなのはどうかと思うが。
ティナは首からかけてあるネックレスを見せる。
「これは……良い物ね。誰に上げたの?」
「ソラっ」
ティナが俺を指さすので、胸元のネックレスを見せる。
「おそろいなの」
「へー。可愛いわね。ソラのことが好きなの?」
「すきー」
クロエさんとティナのやり取りを聞いていると嬉しさがこみあげてくる。
目の前にクロエさんがいなければ、今すぐティナを抱きしめたい。
「うん。合格」
「え?」
「私がティナちゃんに回復魔法を教えてあげるわよ」
「なんで?」
「可愛いし、敵じゃないから」
「敵?」
「私の近くにルイ目当てで近づく女はいらないのよ」
「……」
ピシっと言葉を発するクロエさん。
まあ、それに関して言えば、ティナは大丈夫だろうな。
五歳だしね。
「ルイからは力を示せと言われているんだけど」
「必要ある?ティナちゃんは無理だし。あなた強いでしょ?」
「んー。基準がわからないけど」
「それに、私が試験を課すのは男の時だけよ。女性は才能がありそうなら教えるわ。ルイのことを狙わないならだけど」
「じゃー本当に教えてくれるの?」
「そうよ」
「やったぁー」
うちの子たちは大盛り上がりだ。テトモコシロもなぜか、足元でステップを踏んでいる。
よかった。これでティナに回復魔法を教えれる。
「さぁー、早速行くわよ」
「はーい」
ティナと手を繋ぎ、歩いていくクロエさん。
いきなり練習するつもりなのか?王宮に勤めているから忙しいと思い、今日は顔見せだけのつもりだったんだけど……




