第4話 二年後
「明日やろう」
そう告げた日から二年の月日が経過していた。
いや、これだと語弊が生まれる。
次の日にちゃんと放出系の魔法の練習は行った。
実際は練習するまでもなく、サクッとできてしまったという方が正しいが。
影魔法より風魔法の方がイメージをうかべやすかったため、風魔法の放出からすることにした。
手を前方へと突き出して中指と親指で音を鳴らす。
「カマイタチ」とつぶやきながら結界の外に向けて、風魔法を発動させてみた。
その結果、半径四百メートルの半円内に存在した木々に無数の風の刃が襲い掛かり小間切れにし、広範囲の森林伐採を行ってしまった。
『魔法はイメージだ』
そんなフレーズを読んだ記憶があったので、五本ぐらい木を倒すつもりで、風の刃で切り刻むイメージの魔法を発動させた。
その結果が広範囲の森林伐採。少しやりすぎだ。
今度からは「魔法はイメージと込める魔力量だ」。この言葉を普及させてほしい。
確かに全力で魔力を注ぎ込んで風魔法を発動させた俺が悪いのだけど。
人生で初めての魔法だよ?
しかも、俺が思い描いている小説、アニメなどで見られる魔法が放てるかもしれないんだよ?
それならカッコよく呪文名を唱えながら、全力ブッパしてもいいじゃないか。
森林破棄を行った後からは、イメージした規模の魔法を放てるように込める魔力量を検証した。
その検証中にわかったことは、少ない量を込めるのが意外に難しいということだ
このまま人里に行って、戦闘になることがあったら一大事だ。
いっきに大量殺人の犯罪者の出来上がりである。
それに加え、魔力量は、魔力を限界まで使い続けるたびに増えることが分かった。
そのため、この二年間は午前中、魔法研究に時間を費やした。
昼からは主に体作りと体術、ナイフ術の特訓だ。
異世界転移してから一週間ぐらいの時。
結界の外を探索したくて少し出ようとしたのだが、テトモコに一瞬で止められた。
理由を聞いてみると単純に俺が弱すぎるだけだった。
影魔法があり、影世界に逃げることができるから大丈夫だろうと言ったが駄目だった。
確かに、危険だっただろう。二年たった俺ならわかる。異世界を舐めすぎだ。
俺は死の森に生息する魔物について何も知らない。
もしかしたら影魔法を使う魔物が存在するのかもしれない。
そんな魔物に出会ってしまったら、影入りできても関係ない、抵抗できなければ死あるのみだ。
これは検証してわかったことだが、影世界内で戦闘が起きる可能性があるのだ。
テトモコと影世界に一緒に入ることができ、そこでじゃれて遊んでいる間に気づいた。
触れるということは相手に傷をつけることができるのではないかと。
気づいてからは即検証だ。
リンゴとナイフを影世界に持ち込み傷をつける。
案の定、リンゴは切れ、食べることもできた。
魔法も発動することができ、その魔法はりんごに干渉することができた。
これからわかるように影世界に入れる生物は俺の天敵だ。
敵対し戦闘になれば二年前の俺なら瞬殺されていた。
テトモコがいても数で押されれば俺を守り切るのは難しかったかもしれない。
テトモコに止められた俺は身を守るすべを得るために、テトモコに特訓をつけてくれるように頼んだ。
二匹ともしょうがないなというように鳴きつつも、しっぽはうれしさを表していた。
俺がどれだけ通用するのかを試したときは本当にひどかった。
まずテトモコの速さについていけず、気づいたら肉球を体に当てられていた。
戦闘モードになった二匹を見たのは初めてだったが、文字通り目に映らなかった。
攻撃を避け、反撃するとか夢のまた夢。
開始数秒で、後ろに回られ、ぴとっと暖かな肉球のタッチが訪れる。
テトモコもまずいと感じたのか、そこからテトモコ師匠による鬼の特訓が始まった。
体力、体作りのために、走り込みや筋トレを行った。
走り込みでは二匹に追い回され、筋トレでは自重+二匹の重み。
子供の体で過度な筋トレはしない方がいいと聞いたことはあるがそんなこといってられないのよ。
弱ければ死ぬのだから。
子供だからといって、優しくしてくれる魔物がいたら、その時は友達になれるかもしれない。
模擬戦ではルールを設け、攻撃魔法なし、テトモコ攻撃は肉球を軽くあてるのみ、俺はなんでもあり。
木で作った短い木刀で攻撃するが、まともに当てることができるようになったのは最近になってからだ。
まあ、テトモコからすれば、小石に当たった程度のダメージだろうが……
模擬戦中、バイト先で外国人に話しかけられたときの事を何回も思いだしたよ。
「Please speak more slowly」(もっとゆっくり話してください)
まぁー、テトモコにはもっとゆっくり動いてくださいだけどね。
そんな研究、特訓の日々だったが、テトモコとのじゃれあいを忘れた日などない。
言葉がわかり知能も高いので、日本でよく遊ばれている、かくれんぼ、おにごっこ、だるまさんがころんだなどを一緒にやってみた。
やってみたのだが、人間の俺にとって実に鬼畜使用だった。
おにごっこは言わずもがな、追いかけまわされる特訓と同じだ。
俺が鬼の時なんて、嬉しそうに二匹は逃げるのだが、つかずはなれずの状況を楽しんでいるのか、あと一歩というところをエンドレスで味わされる。
かくれんぼは影魔法なしにしても、初めの頃は見つけることができなかった。
結界の中はそんなに大きくなく、木やログハウスがあるだけで、あとは土でできた土地だ。
そんな隠れるところがあまりない場所なのに見つけることができなかった。
テトモコはかくれんぼになると途端に影が薄くなるというか、存在を感じることができなくなるのだ。
考えてみたら当たり前だ。敵から身を守るために、気配を消し、森に潜む。
テトモコにとって生まれつき持っている本能であり、二匹はかくれんぼのエキスパートだろう。
だるまさんが転んだでは判定が厳しいことこの上ない。
俺は止まっているつもりでも、だめーって声をあげられるからな。
どこかのゲームでは息遣いぐらいの動きは死ななかったはずなんだけど……
テトモコが動く番では、それはもう、ピシッと止まる。
いつも目を見ていると、小さなしっぽがぶんぶんとあふれんばかりに振られるが。
この時にいたってはうんともすんともいわない。
こんなじゃれあいも今思えばすべて特訓だった。
テトモコには聞いたことがないが、死の森を抜けるために、森での動き方や、索敵、気配の消し方などを教えてくれたのかもしれない。
まあ、テトモコなら実際のところ二割特訓で八割は遊びかな。
そんな二年間に及ぶ特訓の末、ついに今日、テトモコ師匠から死の森での探索を許可された。
やっとこの時が来た。
日が暮れるまでの、半日限定での探索許可だが、喜びが隠しきれない。
「よし、テトモコいこう、死の森が俺を呼んでいる」
テトモコの許可が出た瞬間に家に帰り、支度を終えた。。
小型のナイフを手に持ち、漆黒のローブを纏う俺はニ年間目標にしてきた死の森へと一歩を踏みだした。
「もう、なんだよ。モコ」
後ろには、ローブの裾を引っ張り、俺の歩みを止めるモコがいた。
「にゃー」
「わふー」
テトモコは上を見上げ一鳴き。
上を見上げると、日が沈み始めており、あたりはだんだんと暗闇が世界を支配し始めている。
「せっかく、許可を得たのに……」
どんまいと言うかのように慰めてくれるモコ。
ごはんたべようと伝えてくるテト。
まぁーいいか。一日延びたとてなにもかわらない。
「ごはんにしよっか。今日はテトモコの大好きなハンバーグにしてやるぞ」
テトモコも特訓に付き合ってくれたし、感謝の気持ちを込めて好きなものをつくってやろう。
二匹はよほど嬉しいのか、ステップを踏みながら、たまにジャンプしながら家へと入っていった。