団体交渉が始まりました1
営業時間後のギルドは人気がなく、暗い。正面入り口は既に施錠されていた為、テオドールは通用口の警備員に会議室使用の旨を伝え、中に入った。薄暗い廊下の先にある妙に明るい部屋。そこが、今回の団体交渉会場であった。
「失礼します」
テオドールは抑揚なく言い、どうぞという声と共に一行と一緒に会場へ入った。ヨハンナは、眼前に見知った顔、自分をクビにした冒険者団体のリーダー、ウジェーヌ・ボナと、見知らぬ顔の両方ある事をまず確認した。見知らぬ顔は、服装、雰囲気から、弁護士か社労士であると彼女は直感していた。そして、ウジェーヌは、しおらしく下を向いていた。
「私、冒険者総合労働組合、副委員長のテオドール・オリヴィエと申します」
「初めまして、弁護士のシャルル・ガシェと申します」
互いに挨拶を交わし、名刺を交換した。ヨハンナ達も、名刺交換はせずとも軽く挨拶はした。
「さて、本日の議題ですが…『(1)組合員ヨハンナ・ラッパルト に対する、不当な契約終了の撤回』についてですが、御団体からは予め書面回答もございまして、『契約期間が切れたため、法律に則って終了された』とあります。しかし、ラッパルトさんは二カ月の契約更新を通算二年十一カ月繰り返しております。なお、最後は何故か一か月となっていますが、それはひとまず置いておいて…当組合では、三年以上雇った場合は無期雇用転換をしなければいけないから、二年十一カ月で切ったと認識しています。その認識はどうでしょうか?」
シャルルはウジェーヌに小さく確認をした後、堂々とした声で、
「そのような事は考えておりません」
と答えた。
「となると、それ以外に彼女を雇い止めた理由はあるのでしょうか?」
シャルル、ヴジェーヌはしばし黙った後、ヴジェーヌが口を開いた。
「彼女は、鑑定師、魔術師の双方が出来る凄腕という事で、有期契約ではありますが、破格の高給で雇いました。しかし、詠唱が遅れる事もあり、戦いで足を引っ張る事が何度もありました」
ヨハンナは面を喰らった。そして、怒りと悔しさがわき、思わず、
「魔法の詠唱は高度な魔法ほど詠唱の時間はかかります!腕と関係ありません!」
と返した。それに続くように、ヤマダも、
「そうです、魔法の詠唱は魔術師の腕と関係ありません!」
とヴジェーヌに返した。ヴジェーヌは怯み、黙った。再度シャルルと相談を始めた。シャルルは、
「まあ、そういう事実はあるかもしれません。しかし、遅れるのであれば、もっと程度な魔法にするとか、もっと早く予測することも出来たのでは?」
と返した。
「それは戦術を考えるリーダーの責任ではありませんか?」
テオドールは例の抑揚ない声でそう言った。
「あとは…昨今の不景気で、人件費は抑えなければいけませんし」
ヴジェーヌは小さく言った。テオドールは瞬時に論点を整理解雇に移していることを察した。
「となると、整理解雇が目的という事で宜しいですね?」
ヴジェーヌは「そうです」と言いかけたが、シャルルは遮った。そして、
「いえ、それも違います」
と返した。
「では、何故ラッパルトさんを雇い止めしたのですか?」
「それは先ほど説明した、詠唱の遅れで足を引っ張る事がたびたびあったからです」
「となると、リーダーが元来責任を負うべき場所を、メンバーのラッパルトさんに転嫁したということですか、それ不当雇止めですよ」
テオドールは最後、少し語気を強めた。ヨハンナは、それを見て驚き、また、自分の為に怒りを現わしてくれたという事で、嬉しくもなった。
「ただ、彼女は有期契約ですし、そこまでの責任はありません」
「いえ、弁護士であればご存じだと思いますが、労働契約法には、有期契約であっても、実質的に期間の定めのない契約と変わらないといえる場合、雇用の継続を期待することが合理的であると考えられる場合、雇止めをすることに、客観的、合理的な理由がなく、社会通念上相当であると認められないときは雇止めが認められない旨があります」
テオドールはそう言うと、懐中時計を見た。そして、
「時間が迫ってるため、最後に改めてお聞きしますが、当組合としてはこの雇止めにはなんら合理的理由がなく、無期転換ルールを避けるために行った、不当なものであると認識しております。それでも、雇止めを撤回する気はないという事ですね?そうであれば、組合としては冒険者ギルド前のビラ配りや、裁判に移行する事も選択肢に入れます。これは、労働組合の活動としては合法的なものです」
ヴジェーヌとシャルルは相談し、シャルルは
「今のところ、撤回は致しません。但し、雇止めの理由については、後日文章で回答させて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
と答えた。
「承知しました。では、期日は交渉終了時間に改めて連携致します。但し、回答次第では然るべき措置を行います」
テオドールはそう言い、シャルルとヴジェーヌに目を合わせた。ヴジェーヌはその様子を見て、下を向いた。
「それでは、次のテーマとして…」
テオドールはそう言い、また書類に目を落とした。
労働契約法 第十九条 有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。