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冒険者、労働組合に入る  作者: 古明地クロエ
4/14

団体交渉の日になりました

 朝。

 この日はしとしと降る雨。遠くでは稲妻の光も光っていた。しかし、彼女にとって、それは重要な事ではない。フランスパンとコーヒーだけの朝食を口にして、歯を磨き、仕事に行くときのようにメイクをした後、カバンを抱え、冒険者というよりは役人が着るようなフォーマルな服に着替え、外に出た。とはいえ、団体交渉までは事前打ち合わせの時間を考えてもまだ時間があるので、向かうは国営図書館であった。

 ヨハンナは「困ったら読む。雇われ冒険者の権利」という本をみつけ、閲覧室でそれを開いた。

「かつて、冒険者の雇い主と雇われた側の契約は口頭で曖昧なものでした。しかし、王歴1862年7月23日の冒険者への未払い報酬裁判で、『口頭である場合でも契約は成り立つ。事前に提示された条件に反する扱いは無効とする』という判例が出ました。また、翌王歴1863年5月30日の判例では、『冒険者同士であっても、雇い主の指揮命令関係とみなされる行動があった場合は、雇用関係とみなし、契約で業務請負とあっても、各労働法が適用となる』と出ました。長らく泣き寝入りしていた雇われ冒険者の権利が認められた、画期的な判決といえます」

 法的な解説を分かりやすく書いてあるこの本はヨハンナによっても読みやすく、改めて自分は何も知らないという事を思い知った。持参したノートに要点となりそうな箇所を記しながら、最後まで読み進めた。

 最後のページまで読んだ後、この本が数年前に発行された本であることを奥付で確認し、本棚にもっと新しい本はないかと探した。その際、まだ真新しい『新装 労働法入門』という本を手に取り、再び閲覧室で読み始めた。


「有期労働者を三年以上雇用する場合は、無期雇用に転換させないといけません。例外は、医師、会計士、弁護士、一級建築士、税理士、薬剤師、保険士のような高度な専門職か、博士号を持っている者です」

 静かな部屋では、彼女のノートを取る音ですら響く。法知識と自分がされてきたことを結び付け、言うべきことを考えていた。冒険者として、長い期間ではないにしても、懸命と云える程に真面目に、全力で尽くしてきた。その間でミスすることもあったが、それはお互い様だったわけだし。とはいえ、団体交渉というのは、話でしか聞いたことがないし、萎縮、緊張して何も言えなくなるかもしれない。議論の訓練も十分にしていない。そんなことを考え、ヨハンナの心は、どんどん不安に包まれて行った。

 しかし、こういう時に限って時間の流れは残酷なもので、館内の時計の針はⅣ、つまり十六時を指していた。彼女は本を戻し、ノートを鞄に入れ、教会裏の組合事務所に向かった。稲妻は止んでもしとしと降る雨は止まず、それが彼女の不安をより増幅するに至っていた。


「お疲れ様です」

 ヨハンナは扉を開け、事務作業中のテオドールに挨拶をした。

「お疲れ様です。ラッパルトさん、少し打ち合わせしましょうか」

 テオドールはいつもの無表情で抑揚なく、ヨハンナに話しかけた。

「あれ、グールさんは居ないのですか?」

「別件の団体交渉に行ってます」

 ヨハンナは、同性で、かつ雰囲気も柔らかいマルセルの方が良かったと少し思った。しかし、敵対する相手と交渉するという意味では、テオドールで良いのかもしれないと思いなおした。前よりは改善されたとはいえ、未だに男尊女卑的な人は多く、特に仕事の上での揉め事は女性だと高圧的に出る者が多い。その為、親や先輩達からは、揉め事に備え男性の居る職場やグループに行った方がいいと教えられていた。


 ヨハンナとテオドールはソファーに座り、テオドールが書いた資料に目を通した。

「まずは間違いがないか、目を通してください」

 ヨハンナは隅々まで読み、間違いがない事を確認し、

「大丈夫です」

 と返した。

「では、今日なのですが、基本は僕がすすめます。ラッパルトさんが話す場合は、僕が『話してください』と指示します。具体的には、雇止めされた経緯についてです。そして…」

 テオドールは少しずれた眼鏡を直した後、

「経験上、相手はラッパルトさんのミス等をでっちあげて、それを雇い止めの理由として挙げてくると思います。事実の場合は認めないといけませんが、でっちあげや、ミスとも云えないものについては反論する必要があります。僕から反論を促す事があると思いますので、それは念頭に置いてください」

 と続けた。

「分かりました」

 基本はテオドールが話すとあったので、彼女の不安は幾分晴れた。

「本当であれば練習できる日があればよかったのですが、忙しいもので…」

 相変わらずテオドールの表情は硬かったが、最後の『忙しい』という言葉に、ヨハンナは少しばかり彼の人間らしさの部分を感じ、何となく安心していた。

「お疲れ様です~」

 ヨハンナが声の方を振り返ると、二人の見知らぬ顔。

「お疲れ様です。ラッパルトさん、今回の団交に来た組合員です。団交は人数も重要なので」

「こんにちは…組合員のヤマダです…」

「組合員のロロでぇす!」

「本日お世話になる、ヨハンナ・ラッパルトです」

 そう言いあい、一同は頭を下げた。そして、大柄でスキンヘッドの黒い顔のロロは、

「私も去年まで回復術師だったんですが、賃金未払いで駆け付けたんです。団交二回で解決しましたし、ここの組合ならちゃんと力になれますよ」

 と言い、ニカっと笑った。ヤマダも、

「私は…ハラスメントと労災認定について…今裁判中なんです」

 と、たどたどしく言った。

「ヤマダさんの裁判傍聴も、来週あるので、お時間があれば来てくださいね!」

 ロロはあくまで明るく言った。ヨハンナ達を暗くさせない、彼の気遣いであった。ヨハンナはそれに救われながら、かつては女性の職業と云われた回復術師に男性のロロが居る事で、時代が変わっていくのを感じていた。

労働契約法 第十八条 同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。

2 当該使用者との間で締結された一の有期労働契約の契約期間が満了した日と当該使用者との間で締結されたその次の有期労働契約の契約期間の初日との間にこれらの契約期間のいずれにも含まれない期間(これらの契約期間が連続すると認められるものとして厚生労働省令で定める基準に該当する場合の当該いずれにも含まれない期間を除く。以下この項において「空白期間」という。)があり、当該空白期間が六月(当該空白期間の直前に満了した一の有期労働契約の契約期間(当該一の有期労働契約を含む二以上の有期労働契約の契約期間の間に空白期間がないときは、当該二以上の有期労働契約の契約期間を通算した期間。以下この項において同じ。)が一年に満たない場合にあっては、当該一の有期労働契約の契約期間に二分の一を乗じて得た期間を基礎として厚生労働省令で定める期間)以上であるときは、当該空白期間前に満了した有期労働契約の契約期間は、通算契約期間に算入しない。

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