労働組合に相談に行きました1
教会裏は日当たりが悪く、薄暗かった。ゴミの臭いと、カビの臭いが混じって、出来れば早く逃げ出したいような場所であった。建物前に置かれた、「冒険者総合労働組合」と書かれた郵便受けを確認すると、ヨハンナは恐る恐る階段を上がり、扉を開けた。
扉の先は薄暗く、埃っぽかった。扉の左側には、書類の散らかった机の前で書類に目を通している女性が座っており、ヨハンナは
「あの、一昨日予約したヨハンナ・ラッパルトです」
と恐る恐る声をかけた。その女性は立ち上がり、
「こんにちは」
と話しかけた。その近くの本棚前でファイル整理をしていた男性も、ヨハンナの方を向き、
「お疲れ様です。そこのソファに腰かけて下さい」
と声をかけた。
「委員長のマルセル・グールです」
マルセルは穏やかな顔で、静かに挨拶をした。それに倣うように、隣の男性は、笑比河清な様子を隠さず、
「副委員長のテオドール・オリヴィエです」
と、表情も変えず抑揚なく挨拶をした。
「そして、今日たまたまいらっしゃってるので…」
テオドールはそう言うと、隅で強張った顔で書類に目を通していた、小柄なサイドテールの女性に声をかけた。女性は立ち上がり、「てへっ」というような笑顔とポーズを浮かべ、
「顧問弁護士のミギョン・チョです♪」
と陽気に挨拶をした。さっきまでの顔とは別人のような表情と態度に対して、ヨハンナはまるで踊り子みたいだと感じていた。
「よ、宜しくお願いします」
ヨハンナは緊張しながら、頭を下げた。
「さて、私は取り分一年未払いの裁判の資料読まないといけないから、戻るねー♪」
ミギョンはそう言い、さっきの場所に戻り、また強張った顔で資料に目を通し始めた。
「では、ヨハンナ・ラッパルトさん。どのような事があったのでしょうか」
テオドールは眼鏡を光らせ、ヨハンナの顔を見た。
「大丈夫、私達は困った冒険者達の味方ですよ」
マルセルはヨハンナがテオドールに怯えてる様子を察し、フォローした。ヨハンナは、マルセルなら話しやすそうだなと感じ、マルセルの顔を見て、冒険者グループを理由も明かされず話した。ヨハンナもテオドールも何も言わず、話にただ耳を傾けた。
「なるほど、数カ月の期間雇用を何度も繰り返して、二年十一カ月目で突如首を切られたと」
テオドールは表情を崩さず、抑揚なく言った。
「これ、良くあるんですよね。無期雇用転換ルールというのが出来てから」
マルセルは苦笑いしながら言った。その笑顔で、ヨハンナの緊張は少し和らいだ。そして、テオドールとマルセルは小さく打ち合わせをした。マルセルは柔らかい表情を崩さず、
「残念ながら、出来てまだ間もないルールなのもあり、確実に勝てるとは言えないのですが…私達は働く冒険者の味方です。出来る限りのことは協力します」
と返した。テオドールは、
「規約です。サインする前に目を通してください」
と返した。ヨハンナはびっしりと文字の書かれた書類の隅から隅まで目を通した。そして、
「すみません、失礼な質問かもしれませんが…選挙の時に特定の候補者に入れないといけないとか、デモ活動には参加しないといけないとか、ここには書いてないのですが、そういう決まりはあったりしますか?」
と返した。マルセルはふふっと笑った後、
「まあ、そういう印象持ってる方は多いですが、労働組合にそんな権利はないので大丈夫です。それに、やめたくなったら会費払わなければ良いだけですからね」
と返した。マルセルは内心「良かった」と思い、
「そうなんですね、有難うございます」
と言い、頭を下げて
「では、よろしくお願いします」
と答えた。そして、加入書に名前を入れ、加入費を支払い、領収書を受け取った。マルセルは
「戦っていきましょう」
と言い、拳をぐっと握りしめた。ヨハンナもそれにつられて、小さく握りしめた。テオドールはタイプライターで文字を打ちながら、
「ラッパルトさん、再来週の水曜日、午後六時と、木曜日の同じ時間、空いてますか?」
と言い、
「どちらも空いてます」
とヨハンナの回答を聞くと、何も言わずタイプライターを動かした。そして、打ち込まれた紙を「確認してください」ヨハンナに渡した。
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団体交渉申入書 王歴1872年9月12日
冒険者団体 ウィナー御中
下記の通り、団体交渉を申し入れますので、王歴1872年9月20日までに文章をもって御回答ください。
冒険者総合労働組合 副委員長 テオドール・オリヴィエ
1.日時 王歴1872年9月26日 18時から
2.場所 中央冒険者ギルド二階貸会議室
3.出席者 当団体役員全員及び御団体責任者
4.交渉事項
(1)組合員ヨハンナ・ラッパルト に対する、不当な契約終了の撤回
(2)(1)を前提として、法に則った無期雇用契約への転換
(3)その他、必要に応じたもの
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ヨハンナは「問題ありません」と返した。
「では、宛名を書いて、郵便局へ書留で送ってきてください。書留代は此方で負担するので、領収書もお願いします」
ヨハンナは、親しみやすさの欠片もないテオドールのぶっきらぼうな物言いに怖さを感じてはいたが、「これで第一歩を踏み出せる」という安堵がそれを上書きしていた。
雑然とした建物を抜け、薄暗い裏通りを抜けると、西日の当たる日向に郵便局はあった。郵便局は業務を終了する直前であり、局員は業後、どこで飲むかの話をしていた。ヨハンナはその雑談を聞きながら、書留の注文をした。領収書を受け取った瞬間、「いよいよ新たな戦いが始まるんだ」と思い、一人拳を握りしめていた。
労働組合法
第七条 使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。
二 使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと。