ある夜の出来事
とある夜。組合が定期的に開催している、労働法勉強会にヨハンナは居た。最近増えている、実態は雇用関係でありながら、契約はあくまで「請負契約」にする問題について。
「例えば、雇われ冒険者は、グループのリーダーの決定で、洞窟クエストを行ったり、宝探しを行います。魔法やアイテム使用も、リーダーから命令があった場合には従うのが基本です。それができるのは、『指揮命令権』、分かりやすく言うと『業務命令権』があるからです。『指揮命令権』は雇用契約をした場合に生じますが、雇用契約の場合には、労働災害保険、雇用保険等に入る必要があったり、労働時間の上限、最低賃金の補償など、労働各法に従わなければいけません。しかし、請負契約にすればその義務がなくなるので、やってることは雇用なのに『請負契約』という形にするという悪質な例が最近増えています。少しややこしいですが、『請負契約』でも、モンスターを退治してほしいという依頼は可能です。しかし、魔法やアイテム使用は、あくまで個人の判断に任せるのが基本で、細々とした命令はできません。どこまでが命令になるかというのは基準が難しいのですが、今のは裁判で判例が出ています。元々の契約がどうであっても、請負じゃなくて雇用契約であると見なされるような事があった場合、請負は雇用契約とみなされ、雇用契約の義務が発生します。つまり、社会保険の加入や、最低賃金、残業時間の上限が適用されます」
チョの後輩弁護士であるカワゾエ弁護士の解説で進んでいる。手元の資料の図解は、難解な説明を易しくしていた為、ヨハンナの頭に情報がすっと入った。しかし、それでも分かり辛い場所は出てくる。
「すみません、指揮命令がどこまで、具体的には分かり辛いですが、例とはありますか?」
「難しいですが、雇用契約のように、労働時間を予め決めたり、冒険者の場合はクエストや依頼に従う義務はあれど、どうやってやるかの指示まで細々と行ったり、クエスト等とは関係ない指示を仕事として行うと、偽装請負になる可能性ありますね。結構判断は難しいので、怪しいと思ったら相談してもらうのが良いでしょう」
「ありがとうございます」
質問終了と同時に講義終了の時間となっていた。カワゾエ弁護士は、明日の準備があるからと早めに帰って行った。他の参加者も、家族の為、明日の仕事の為、この後の友達の約束という事で帰って行き、組合の委員長マルセルとヨハンナだけが残った。
「ラッパルトさん、明日大丈夫ならこれから飲みに行きませんか?安い店で良いなら」
「行きます」
そして、マルセル、ヨハンナは明日の午前は予定がない為、安い酒場に消えた。同世代であり、同性であり、性格も穏やかなマルセルとは気さくに話し合える仲になっていたのだ。
職業安定法
第四十四条 何人も、次条に規定する場合を除くほか、労働者供給事業を行い、又はその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させてはならない。