例え死者だろうと言いたいことはある
「代金は全額前払い、金貨10枚いただきますがよろしいですか?」
辺境伯の治める街クンシャグにある1軒の店、そこのカウンターに座る店主は告げた。
「むぅ・・・」
それなりの商店を構えるトルドにとって安くはないが出せない金額ではない、またあらかじめ聞いていた金額と同じだ、だがそのまま受け入れるのは少々癪な気がしてつい口に出る。
「思ったより高いな」
「これをやると疲れるんで2日くらいは商売にならないんですよ、ですんでそれなりの値段になっております」
間を置かずに答えられる、よくある質問だったらしい。
ふむ、と相槌を打ちながら相手を改めて観察する。
地は茶色なのだろう、そこに魔術師特有のメッシュが水属性故か青く入り込んだ髪。成程魔術師だ。
手元をよくよく見れば、上等な素材でできた複雑な刺繍が施された手袋をしている。成程魔術師だ。
服装はとみれば、シンプルなシャツとズボンにやたらと収納箇所が多い頑丈な上着を羽織っている。成程魔術師だ。
ふと目線をそらす、カウンターの向こうには只の商人ではよくわからないものが、意外にもきっちりと陳列されている。自身の抱える魔術師の持つ棚の乱雑さと比較しほんの少し好感を持つ。
さらに視線をずらすと自身の来訪理由であり、目下の懸念の元が目に入る。
「やはり信じられない、成果を確かめてからの後払いにはできないだろうか」
「お客さんがここの人ならそれもありですが、他の街の方でしょう?そのままはいさようならってなったらこっちの骨折り損じゃないですか」
まあそうだろうなと考えながら、あごに手をやり思案する。
(妻の実家からの紹介もある、身なりを見る限りそれなりにできる魔術師なのだろう、ここは信用すべきか…)
「もう少し安くはならんかね」
ダメもとで聞いてみる。
「出来ますよ」
おや、と思い相手を見ると苦笑気味の笑顔。
「魔術の時間もその分割引しますがね」
トルドは苦笑し、金貨10枚を払うと告げ、再度自分の来訪理由となっている元凶を一瞥する。
そこには一つの看板が吊るされており、少々見慣れない文言が記されていた。
≪ 死霊術有り〼≫
◇
「成程、メッシナさんからの紹介でしたか、いやはやお客さんに紹介してもらえたというのは嬉しいものですねえ」
ベルリと名乗った店主は契約成立後すぐに店じまいをし、店の地下室へとトルドを案内する、手には水差し一式と砂時計が入った籠を持っている。
「概要は把握されていると思いますが、説明をさせていただきます」
地下への階段を下りながら、ベルリは話を続ける。
「面会の時間は5分と少々、この砂時計が落ちきったら終了の旨をお伝えします」
トレドも続いて降りる。
「ですので、聞きたいことはあらかじめまとめておくといいと思いますよ」
「把握している」
そう言い、トレドは懐から紙を取り出す。
「それと、呼び出すのはあくまで生前の記憶のみを持った極めて本人に近い意識です、ですのであの世の具合などを聞いてもまともな返事は帰ってきませんので気を付けてください」
そうか、と呟き少し残念だなとも思う、やはり自分もあの世というものについては気になっていたようだ。
地下室の扉が開く、物置も兼ねているのだろう、店頭よりも多少雑多な景色にテーブルと3つの椅子、そして床に奇妙な紋様が描かれている。
「準備ができましたらこちらの魔法陣の中心、この椅子に座ってください、まあ多少ズレても大丈夫です」
金物細工のように埋め込まれた幾何学的な紋様の中心に鎮座する椅子を指さしながらベルリは説明を続ける。
「申し訳ありませんが術式の都合上、面会内容は私にも聞こえてしまいます、そこはご容赦ください」
対面の椅子に座りながらベルリは話を締めくくる。
承知の旨を伝え、椅子に座る。時は金なり、家訓に従い決断は素早く。
「ではやってもらおう、呼び出してもらうのは私の父、ヨンスだ」
承知しましたという声と共にベリルの両手袋の刺繍が光りだす。
「これから始まるのは一種の幻術です、会話はできますが触れたりはできませんので悪しからず」
その言葉と同時にトレドの目の前にいるベリルの姿が急逝した父の姿に変わっていた。
◇
「親父…」
「時は金なりだ、要件を早く言え」
ふむ、と思う。話し方はまさに父そのものだ。
「大金庫の開け方を教えてほしいんだ」
「ああ、そんなことか、それはだな………」
今は亡き父が淀みなく金庫の操作手順を話すのを書き留めながら、成程これは【当たり】だなと確信する、『父』の告げるその手順は金庫の実物を知らないものにはわかりえぬものだったからだ。
「というか、無理矢理こじ開けることはできなかったのか?」
「いや、下手に弄ると爆発するって言ってただろ」
「それ防犯用の嘘の情報だ、貴重品を爆発に巻き込むわけないだろ」
「いや、確かにそうなんだけどさあ…」
書き留め終わる、砂時計は半分以上は残っている。
「話はこれだけか?」
「いや、残念ながらまだある」
大きく息を吸う、
「あんたの葬式にオリガいう女が参列してきた、歳は30くらい、娘だという赤ん坊も一緒だ。身に覚えはあるか」
あ、という音と共に父の動きがピタリと止まる、こっちも少し頭が痛くなり、頭を押さえる。
「あ~うん、その、なんだ、うん」
「母さんがぶっ倒れたり、妹がヒステリー起こしたりで大変だったぞ」
「あ~そうなるよなあ」
「初めて引き合わされたときなんか俺の娘じゃないかと疑われて、新婚半年で危うく離婚の危機だった」
「悪い」
「悪いのはいいんだが、どう対処すべきだ?塩撒いて追っ払うか?距離置きながら適当に援助するか?考えたくないし面倒だが家で面倒を見ることにするか?まあそもそもあの赤ん坊が俺の妹であるという前提の話なんだが」
「俺の娘だ、未亡人になったオリガに仕事を斡旋したり、ごたごたを手助けしているうちについ…な」
「つい、でお家騒動の種をまくのは勘弁してくれ。」
「家に引き取るのは問題だろうから、適当に距離置いて困ったときに援助してもらえるとありがたい」
「まあ、その方向で対処するよ。ああ親父がこういう遊びする人間だとは思わなかったよ」
「あ~」
何か言いづらそうな親父の態度、まあ死者を鞭打つのはこれくらいにしとこう。
「安心してくれ、一応は血のつながった妹なんだろう、無意味に不幸にさせるようなことはしない」
「いや、そうじゃなくてな」
何か別件があるのか?。
「ヤースの街にいるナイナという小間物商をやっている女がいるんだが…」
「それがどうした」
嫌な予感が頭いっぱいに広がるがあえて抑えて聞く。
「そこにもお前の弟がいる」
「まだいたのかよ!」
「いやスマン」
一瞬殺意が芽生えたが、相手は死人だということに気づき空しくなる。
「スマンっていわれてもなあ・・・、とりあえず1発殴りたいんだが」
「俺、幻影だから無理だな」
残念でした、とでも言いたげに笑う父親を見てそれなりの不快感を覚える。
「うん、で、だ他にそんなことはないよな」
「女遊びはしたが、そのほか全部はプロが相手だ、その辺はぬかりねえよ」
「2件もやらかしている人間の言葉じゃねえぞ、大体なあ…」
つい文句を言いたくなった時、前から声がかかる。
「時間です」
親父と顔を見合わせる、もうそんなに時間がたっていたか。
「おっと、時間みてえだな、まあ達者で生きろよ」
「ちゃんと往生しろよクソ親父」
そう声をかけたかどうか位で父の幻影は消えた。
◇
「有意義な話し合いができたようで何よりです」
そう言いながらコップに茶のようなものを注ぐ店主。
「しゃべりっぱなしで疲れたでしょう。粗茶ですがどうぞ」
のどが渇いていたのを自覚し、ありがたくいただくことにする。
「恥ずかしいところを見られてしまったね」
まさに家の恥だ。
「あっはっは、まああんまり大きな声じゃ言えませんがよくあることですよ、あまり気にしないことですね」
よくあるのか…
「この魔術は安くはないですからね、となるとお客さんはそれなりの収入のある方なわけで、まあ英雄色を好むというやつでしょう」
なるほど、と思うと同時にこの魔術について少し興味がわいてきた
「料金を支払えばさっきの続きはできるのかい」
「できません」
「できないとは?」
「生き物は死んだらそれっきり、死者は成長しないんです。次回呼び出したときは今回の会話の記憶の無い状態で呼び出されます、つまり呼び出せるのはあくまで生前の記憶のみを持った極めて本人に近い意識です。その次も同じ、生前の記憶しか持ってません」
「なるほど、話した記憶は受け継がれないわけか、意外に不便だな」
「死人に新しいこと覚えろっていう方が理不尽なんですよ」
そうか、死ぬとはそういうことなのか。
◇
店を出て、家路につきながら考える、 親父の急逝から始まったごたごたを収めるのはまだ半ばといったところ。いつの間にか増えていた兄弟のことも含めてまだまだ予断は許されないだろう。
ふと先ほどの魔術について考える、5分で金貨10枚。それで親父の知恵を借りれるのは高いか安いか…。
苦笑し、それを却下することにする。
これから先、時代はどんどん進んで行く、そこに死んで時を止めてしまったものの出番はあるか?。
あるかもしれない、が、あるかもしれないが、それは加速度的に減っていくだろう。
1年もすれば過去しかない死者と今を生きる生者の認識のズレは相当大きくなっていることだろう。死者に頼るくらいならその労力を使って生きているものを使えるようにするほうがはるかに効率的だ。
ならば私のすべきことはなんだ、死ぬまで生きることだ。
「親父の言うようにせいぜい達者に生きてやるさ」
そう言葉に出すと、これまでのごたごた続きで疲れた体にも、ほんの少し気力が戻ってきた。
そんな気がした。